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同じようなキャリアを歩んでいる先輩が、他にいなかった 【Kaizen Platform 伊藤直也さん】

IT・Web業界 インタビュー 仕事

「新天地に飛び出したい気持ちもあるが、今の会社に愛着があるから転職に踏み切れない……」

こんな悩みを持つビジネスパーソンもいるだろう。そんな迷いに対して、「自分も同じようなことで悩んだことがある」と言うのが、ウェブのエンジニアとして著名な伊藤直也さんだ。

伊藤さんは、新卒で入社したニフティでブログサービス「ココログ」の立ち上げに参画。転職先のはてなでは取締役CTOとして「はてなブックマーク」を開発し、グリーではソーシャルゲーム開発現場の統括を歴任した。現在は、サイト改善のA/B テストを提供するKaizen Platformで技術顧問を務める。

移り変わりの激しい業界で、傍目には常に正解と言える選択をし続けたように見える伊藤さんに、キャリア形成についてお話を伺った。

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「周囲を自分好みに変化させたい」というのはエゴかもしれないと思った

――ウェブ業界ができてまだ20年も経っていないといわれますが、伊藤さんはエンジニアとしてそのうちの10年以上、サービスの開発現場で最前線を走り続けています。後輩からキャリアについての相談を受けることも多いのではないでしょうか。

ときどきは、ありますね。でも、あまりアドバイスのようなことはしないです。相談に来る時点で本人がどうしたいかは自分の中では決まっていることがほとんどなので、話を聞いて、本人の望んでいる方向に背中を押す……くらいです。

ただ、ときおり「今いる職場でも、周りのメンバーと共に変革すれば自分がやりたいことができるのではないか。今の職場には愛着もあるし……」という悩みを聞く場合があります。このときは、過去の自分の経験と重ねて「転職もいいかもね」と答えることはあります。

私自身、同じようなことで迷ったことがあったんですよね。当時はスタートアップとかベンチャーとかスピード感のある環境に憧れが強かったけれど、自分はそこそこ成熟した会社に在籍していました。そこに物足りなさを感じて、もっとスピーディーに、みんなにもガツガツやってほしかった。まだ20代だったので、意識が高すぎたんです(笑)。

そんなとき、当時CNET Japan の編集長だった山岸広太郎さん(後にグリー株式会社副社長、現在は社外取締役)にいただいたアドバイスが、「それならベンチャーに転職したほうがいいに決まっているよ」でした。「君はスピード感のあるハングリーな環境を求めているかもしれないけど、仮に周りのメンバーにそれを強要したところで、その人たちは幸せになると思う?」と言われたんです。はっと気づかされて、ショックでした。

周りのメンバーは、その成熟した会社をよしとして選んできた人たちであって、当然ですが必ずしも僕と同じ価値観ではないわけです。それなのに自分好みに変化させたいというのは、エゴでしかない。一方でベンチャーに行けば、似たような仕事観を持つメンバーが集まっている可能性が高い。そういう状況でも、あえて今の職場の方を変化させる必要があるんだろうか、それでみんなが幸せになるんだろうか、と。そう考えて、転職を決めました。だから、当時の自分のような悩みを持つ相手には、その自分の体験談を聞かせたいと思うことはありますね。

結果的に自分は良い職場に巡り会えたので、山岸さんには今もとても感謝しています。

――その後ははてな、そして山岸氏のいるグリーへ移られていますが、以降の転職も、明確な理由があったのでしょうか。

いや、そういうわけでもないですね。はっきりした理由がないなら、会社を辞めちゃいけないなんてことでもないと思うんです。会社を辞めるときは、ふわっと「辞めようかな」みたいな気持ちで転職を考える選択をしても別にいいのではないでしょうか。僕自身、昨今は会社を辞めるに至った理由なんて特になかったんじゃないかな。結構、漠然としていたというか。

おそらく誰でも退職の2文字が頭をよぎると、自分が辞めるに足る理由を探しはじめるんです。会社を辞めるのって、同僚には迷惑かけるかもしれないし、人間関係もあるし、結構後ろめたいものですよね。なので、自分が退職する理由を正当化しないと、なかなか踏ん切りがつかなくなっちゃって。だから、ビジョンが見えないとか、環境が良くないとか、会議が多いとか、そのときになって後付けで会社の悪いところを探し始めるんです。

でも、悪いところを探しながらその職場に残り続けるのは、会社にも自分にもダメージが大きいと思うんです。辞めたいなら最初に辞めたいと思ったときの気持ちだけを理由に辞めればいいだけかなって。それ以上の理由をあえて探しにいく必要はない。

組織のマネジメントをやっていると、同じような形でメンバーが悩みだすこともあるので、そんなときは「キミが辞めたいと思った後から見つけた会社の欠点は、自分が辞めるための後付けで生まれたものかもしれないよ」と話すことがありますね。辞めたいと思った、そのこと自体はそれでいいと思うけど、後から捻り出した理由は果たしてそれは本当にそうなのかって。

周囲に退職が知れ渡ると、「なんで辞めたの」って言われるじゃないですか(笑)。そうすると理由を言語化しようと躍起になるんでしょうけど、「理由は特にありません」くらいでも、僕はいいと思っているので。 

転職はその人の人生の話なので、本人が後悔しなければそれでいいんじゃないでしょうか。ですから、一般論としてこうしたらいいとか、こういう転職はダメとかそういうことを言うつもりはありません。たまたま自分の経験上こういうことはあったよ、という話をするぐらいですね。

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エンジニアのスキルアップには「自分に勉強させる」環境が必要

――新しいサービスが次々に生まれては消えるウェブ業界において、キャリア形成は重大な課題です。「これまで、エンジニアが働きやすい会社ばかりだった」という伊藤さんにとって、どのような待遇や環境が理想でしょうか。

待遇といえば、どうしても給料の話になりますけど、仕事のやりがいはお金だけではないですね。もちろんお金は大事です。でも給料って、ある程度以上になると、生活水準には思うほど影響を与えないんですよ。

もちろん、新卒当時の給与が2倍になったら、広い家に引っ越すのも視野に入るでしょうし、生活水準は著しく向上すると思います。でも、たとえば700万円が1000万円に近づいても、劇的な変化はあまりないんですよね。ことウェブエンジニアの給与水準は数年前に比べてかなり改善されています。ある程度以上のお金があれば、幸福度とお金とはそれ以上相関しないと思っているので、単純に給料が上がるからという理由だけで転職すると、少し後悔するかもしれませんね。

じゃあ、エンジニアにとってどんな職場環境が理想なのか。リモートワークができるとか、モニターが何インチとか、良い開発機があるとか、椅子がどこのブランドかなんてことは、僕は本質ではないと思っています。大切なことは制度や道具の善し悪しではなく、エンジニアが必要としている制度や道具がどんなものかを会社が理解していて、そういうものだよねって準備してくれる常識感や価値観が、その会社にあるかどうかなんです。結果的にそれが道具に表れているのであって、その主従を間違えてはいけないと思いますね。

――なるほど。その一方、雇用者側も当然、よりスキルの高い人材を採用したいと考えますよね。日進月歩のウェブ業界でスキルアップをするために、エンジニアは普段から何をすればいいのでしょうか。

技術は他人から教えられるものではないので、継続的な自習が必要になってくるでしょうね。プライベートの時間を犠牲にしてでも、勉強し続けるしかないんじゃないかな、と。特に進歩の早いウェブのエンジニアを目指すのであれば、その覚悟は必要でしょうね。理想を追うのであれば、プロ意識は必須でしょう。幸い僕自身は、新しい技術や知識の勉強をするのが苦ではないタイプなので、向いていたんでしょうね。

ただし、気合いと根性だけで休日も休まずたくさん本を読むとか、コードを手当たり次第に書くとかは長続きしないと思います。重要なのは、自分が新しい技術を覚えるきっかけをどうやって自分に作り続けるか。継続のためのモチベーションと言いますか、物事を長く継続すること自体に、とにかく気を遣うことが大切です。

たとえば、ウェブエンジニア界隈ですと、いわゆる勉強会が盛んに行われていますよね。実はあれ、勉強会に参加するだけではあまり勉強になりません。座って話しを聴いているだけでスキルが身につくなら、世の中スーパーエンジニアだらけですよ(笑)

ただ、その一方で、そういったイベントは自分のベンチマークをするにはすごく良い場なんです。そこにはたくさんのエンジニアが集まってきます。プレゼン内容や立ち話から、自分が周囲のエンジニアと比較してどのくらいのレベル感なのかがよくわかるんですよね。自己の相対化といいますか。

もし内容についていけないのであれば、その領域についてキャッチアップが足りないということですし、内容に目新しさを感じないのであれば、その分野についてはある程度の自信を持っていい。その繰り返しによって自分をモチベートしていけば、徐々にスキルが身に付いてくると思います。

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「胸を張れる仕事」と「外で通用する名前」がキャリアを形成する

――新しいサービスを立ち上げるというのは、ゼロイチで世の中に価値を生み出すことです。常に最前線に立って試行錯誤を繰り返すことに、不安はないのでしょうか。

昔は不安でした。初めてCTOになったときも、CTOって何をするのかわからなかった。周りにCTOがいなかったから(笑)。もちろん、尊敬するエンジニアさんはたくさんいますが、キャリアの参考になる先輩はあまりいませんでした。世代的に、自分よりも上の世代に同じようなキャリアを歩んでいる人がいなかったんです。

でも、周囲に同じような道を歩んでいる先輩がいないのは、かえってよかったと思っています。この状況って、周りに同じことをやっている人がいない、いわば常にブルー・オーシャンなわけですから(笑)。似たようなキャリアの人間がいると、当然ですが競争になって僕の市場価値は下がってしまいます。だから、常にあまり周りの人がやってないことをやる。これが大事だと考えています。

エンジニアとしてそれでもやっていけるという自信につながる要素は、僕としては2つあると考えています。

1つは、他人に胸を張れる仕事ができたかどうか、もう1つは外に出て自分の名前が通用するかどうか。

ウェブエンジニアは真面目な人間が多いので、会社内で一生懸命やっていれば、何かしら胸を張れる実績は積み上がっていくものだと思います。

その一方で、自分のプレゼンスを社内外のコミュ二ティやネットワークで高めるという視点を、意外と見落としがちな人が多いんですね。見落とすというか、そもそもそんなことに時間やコストを支払う必要はないと考えている人もいる。技術やスキルが高ければ、誰かが自分の才能を見つけてくれるはずだと。でも、それは幻想だと僕は思います。

いい商品を作っても、マーケティングや営業をしないと売れないケースって多々ありますよね。それと同じで、どんなに高いスキルを持っていてもそれをアピールしなければ、その自分の技術力に気づいてもらう機会はそうそうない。技術系のイベントに登壇したり、ブログで情報発信をしたり、ソースコードを公開してみたりといった活動はキャリア形成において有利に働きます。もちろん内容が伴っていれば、ですよ。僕は自分のブログがたくさん読まれるようになって、それが転職のきっかけの一つになったようなところがありましたから。

とはいえ、セルフマーケティングばっかりやっている人間は、それはそれで信用されません。貯めこんだ価値を毀損しないように、そして発信できるだけの質と機会を自分に課していくことが大切です。

――この10年間、ウェブ業界に影響を与えてきたエンジニアとして、最後に今後の展望を聞かせてください。

将来設計みたいなものはあんまりないんです。今の仕事も、こういうスタイルでやってこうって計画して辿り着いたわけではないですから。これまでマネージャーとして現場でエンジニアの働き方を改善してきて、どうすれば生産性や製品のクオリティが上がるのかは、だいたいわかってきた。その延長に、今みたいに複数の会社の顧問をするというキャリアがありました。

昨今、メディアやモノを売る事業会社は、エンジニアをアウトソーシングするのではなく、自社で囲うようになってきましたよね。事業会社でもシステム内製化への兆しが見えています。しかし、そうやって採用したエンジニアをどうやってうまく統率し、現場を回せばいいのかわからず困っているケースが目につきます。そこを改善するのが、僕のような立場の人間の仕事になっていくのかな、と。

これまでエンジニアを採用してこなかったような会社がエンジニアを採用するようになって、そのエンジニアが活躍できる場をうまく整備していけば、この業界にはこれまでと異なる分野から資本が流れてくるようになると思います。そうなれば、職場の選択肢が増え、ワークスタイルも多様化してくるのではないでしょうか。そんな時代に向かって、いくつか持続可能な開発組織を作っていくこと。しばらくの間、これを僕自身のミッションにしようかなと考えています。

(インタビュー・文:朽木誠一郎/ノオト)

※2015年10月13日18:50修正

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伊藤直也さん

ニフティ株式会社、株式会社はてな取締役CTO、グリー株式会社ソーシャルメディア統括部長を経て、2013年9月よりKaizen Platform, Inc.技術顧問に就任。著書に、「入門Chef Solo」(達人出版会)、「サーバ/インフラを支える技術」「大規模サービス技術入門」「Chef実践入門」(いずれも技術評論社)などがある。