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元・引きこもりが「逆就活サイト」で就職、そしてヤフーに転職するまで

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「道に迷ってます」菊池良(きくち・りょう)さんから、そんなメッセージが届いた。約束の時間まではもうあとわずか。やれやれと迎えに出る。彼は私の前職の同僚だ。半年ぶりの再会だったが、ケロリとした態度は以前と変わらない。変わったのは、取材をした3月某日時点で彼が転職を控え、有給消化中であることだ。

 

菊池さんは“世界一即戦力な男”として著作を出版し、それがドラマ化されるなど、インターネットではそれなりに顔を知られた存在だ。そんな彼が転職、それも日本最大手のポータルサイト「Yahoo! JAPAN」を運営するヤフーに4月1日付けで入社すると聞いて、ひさしぶりに彼と話をしたくなった。

 

彼は元・引きこもりだ。高校中退後、6年間の無職期間を経て、22歳で大学に進学した。周囲の学生よりも出遅れた就職活動だったが、逆求人サイト「世界一即戦力な男・菊池良から新卒採用担当のキミへ」によって成功させ、メディア運営会社のLIGに入社。ウェブライター兼編集者として2年間勤務したのちの今回の転職は、順風満帆なキャリアアップといえるだろう。

 

こうしてまとめると、一見、野心に満ちた印象の経歴だが、前出のLIGで席を並べていた筆者からは、彼はいわゆる出世欲とは無縁のように見えた。一方で、彼については自称“即戦力”に代表されるような、ケレン味のあるイメージが先行しがちだ。

 

現在28歳の元・引きこもりは、どのような経緯でヤフーに入社したのか。その独特の思考回路から、ビジネスパーソンが現代を生き抜くヒントを探る。

 

 

インターネットに変化の兆しを感じて、現実社会へ

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「ギャグのつもりでやっていたんです。“これ、やったらウケるだろう”と。でも、今思えばズレていたんですよね。だって、引きこもりだから」

 

高校中退後、菊池さんの生活の中心はインターネットだった。当時は主にブログを更新していたが、その内容は「話題になっている人や事件をいじる」(菊池さん)もの。

 

「いわゆる煽り系のブログで、世間的には褒められたものではありませんでした。でも、2ちゃんねるのような、一部インターネットユーザーからの反応はよくて。僕はそれだけを見て、『俺っておもしろいんだな』と思い込んでいたんです。結局、ブログは同時多発的に怒られたことで、閉鎖してしまったのですが」

 

しかし、炎上ブロガーのままでは、文字通り“家から出る”ことはできなかったはずだ。菊池さんはどのようにして、現実社会と関わり合うようになったのか。

 

「ブログを止めた頃、2008年の後半くらいに、日本でも『これからはTwitterだ』と盛り上がり始めて、津田大介さん(ITジャーナリスト)のような実名・顔出しの人の人気が出ました。僕も初期からTwitterをやっていますが、バリバリの匿名アニメアイコンだったんです。朝から晩までインターネットにつながっていた経験から、逆に自分のような匿名の存在がインターネットの中心から外れてきていると思い始めていました」

 

潮目を感じた菊池さんは、とあるオーディションに応募した。『夢をかなえるゾウ』などの代表作をもつ作家・水野敬也さんのアシスタント募集だ。面接の後で水野さんに「まず、普通を知れ。そのために大学に行け」と言われたことで、「それもそうだな」とあっさり引きこもり生活を止め、学費が安い大学に進学することに。しかし、問題は就職活動だった。

 

菊池さんは「普通に就職活動をしても、周りには勝てない」と考え、“就活生が就職先を募集する”逆求人サイト「世界一即戦力な男・菊池良から新卒採用担当のキミへ」を立ち上げた。本人によれば、「何としても就職しなくてはいけない、と追い詰められていたわけではなく、思いついたから作ってみた」だけのこのサイトが話題に上り、50社以上から面接の申し込みが舞い込んだという。その後、前出のLIGから内定が出た。

 

なお、このサイトは当時人気があった他のいくつかのサイトのコンセプトや構成を参考にした一種のパロディーで、全くのオリジナルではない。これが書籍出版やドラマ化によって利益を得るようになったことに対して、当時、一部から批判の声も上がっている。このことについて菊池さんは、同ウェブサイトを「ネットのアマチュア精神によるものだった」と振り返る。

 

「あのサイトは『これ、やったらウケるだろう』の延長線上でした。当時、ネットで流行していたネタを研究して、一つのブログエントリーのような感覚で公開したのですが、思いがけず当たりすぎてしまったのだと思います。アマチュアとプロでは、世間からの見方が全く違うことにも、このときに気づくことができました。LIG入社以降は、『プロになろう』と意識するようにしています」

 

 

14年間同じことをし続けていたら、転機がやって来た

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LIGで執筆して大きな反響を引き起こしたのは『なぜ仕事中はオフィスにいなきゃいけないの?途中で家に帰ってみた』『【ライフハック】自分より偉い人とランチを食べたらおごってもらえる』など、タイトルそのままの、やはりケレン味あふれる記事ばかりだ。こうして振り返ると、率直なところ“菊池さんは一体、何がしたいのか”が知りたくなる。自身の行動原理について、菊池さんは「ウケたいという感覚が一番にある」と言う。

 

この姿勢は引きこもり時代から一貫している。「ウケるのであれば、テキストだけでなく、イラストや動画など、何でもいい」という言葉どおり、菊池さんは、最近もウェブライターや編集者の枠に囚われないコンテンツを発表している。

  

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参照:未来のiPhoneのプッシュ通知

 

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参照:ファッション用語の早見表

 

社会に出て丸2年。菊池さんはヤフーに入社し、芸能ニュースからオリジナルのコラムまでを配信する『ネタりか』編集部に所属することになった。なぜ、このタイミングでヤフーに移籍するのか。転職の理由について、「これはヤフーの面接で話したことなのですが……」と断りを入れた上で、次のように話してくれた。

 

「NetFlixがありますよね。過去50年分のハリウッド映画とオリジナルコンテンツが、月額最低650円で視聴できるサービスです。これが日本に上陸したときは、ヤバイと思いました。このままでは既存のコンテンツが取って代わられ、僕がよく知るインターネットの文化が潰されてしまうのではないか、と。そこにどっぷり浸かっていた者として、それを守るために何かしたいと思ったんです」

 

インターネットやテクノロジーの発達により、エンターテイメント業界には、テキストを主体とした記事からマンガ、動画など、さまざまなジャンルのコンテンツが利用者の可処分時間を奪い合う時代が到来している。そんな中で、“よく知るインターネットの文化を守る”ために、菊池さんは何をするつもりなのか。

 

「正直、まだよくわかっていません。だからこそヤフーはいいな、と。日本で有数のコンテンツ数とユーザー数があり、コンテンツ制作ができる環境は、他にそうはありませんから」

 

エンターテイメントの作り手には、今後、ジャンルを超えた要素を柔軟に取り入れる姿勢が必要になるだろう。それを実現するコンテンツ数とユーザー数を取りに行くというのは妥当な判断だ。

 

「ネット発の文化が社会に受け容れられた例としては、ネット掲示板の書き込みを発端とした『電車男』などがありますよね。『世界一即戦力な男』も似ているかもしれません。このように、雑誌、小説、映画に、ネット的なエッセンスを取り込ませたいと思っています。そうすれば、NetFlixのような新しい文化がもたらされても、従来のインターネットの文化と共存していくことができますから」

 

彼の主張は一見、筋が通っているようにも思われる。しかし、菊池さんは最初からこのようなキャリアを想定していたのだろうか。

 

「いえ、最初からそのつもりだったわけではありません。インターネットで記事を書くということを、引きこもり時代から14年間続けてきた結果、今に至っているとは思っていますが」

  

 

元・引きこもりが大企業で迎える社会人3年目

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ヤフーは彼にとって中間地点なのだろうか。菊池さんは「ずっとヤフーにいるかはわかりません」と言う。ここまで彼のキャリアには偶然の要素も多々あるが、将来への不安はないのだろうか。

 

「僕が中学生くらいの頃に見ていたサイトでは、30代の管理人さんが無職であることをネタにした楽しい日記を書いていたんです。インターネットには、“俺なんて35過ぎて引きこもりだ”っていう書き込みがよくあるじゃないですか。本当かどうかはわからないけど、引きこもり時代と今とでやっていることはそんなに変わっていないので、まあなんとかなるんじゃないかと思っています」

 

糸井重里さんは自著『インターネット的』(PHP新書)において、インターネットの特徴を“「無限につながりあうリンク」「情報をわけあうシェア」「上下の関係がこわれるフラット」”と解説している。菊池さんの言動の根幹には、このインターネット的な思想があるように思われる。彼のnoteのエントリー『すべてにおいて、自分の責任なんて一割もない。』もその一例だ。

 

なぜなら自分が選べることなんてごくわずかだからだ。

親は選べない。
経済状況は選べない。
持病は選べない。
クラスメートは選べない。
隣人は選べない。
同僚は選べない。
上司は選べない。
時代は選べない。

世の中は自分の選択と関係ないまったくの偶然で出来上がっている。そんなことまで責任を感じる必要はない。

これは自分以外の「誰か」が悪いわけではない。すべての人間が、偶然の中で生きている。別に、誰も悪くない。

「なんだか、違うな」そう思ったら、別の場所に行けばいい。

 

このエントリーは実は、筆者の転職に関して寄せてくれた文章であり、この取材でもう少し突っ込んでみたかったことでもある。菊池さんは“転職”をどのように考えているのか。

 

「もし自分で生まれや育ちを選べるのであれば、僕は芸能人の弟になりたいです。両親が裕福であれば最高です。親の資産をいい感じに食いつぶしながら、兄の紹介でたまに芸能の仕事をさせてもらう、みたいな。でも、そのような人生にはなれないですよね。だから、より望ましい環境を選ぶチャンスがあるのであれば、環境を変えるべきだと思っています」

  

社会人3年目は一般に勝負の時期といわれる。菊池さんは新天地で何を成すのだろうか。

 

筆者はインタビューの最後に、いつも「言い残したことはありますか」と聞くことにしている。彼は真顔で「(LIGは)円満退社ですよ」と答えた。

 

 

(朽木誠一郎/ノオト)

※2016年4月27日15:00修正