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アメリカに頼らない衛星測位システムで“誤差数センチメートル”へ──高精度位置情報で可能性が広がる日本の産業

アメリカに頼らない衛星測位システムで“誤差数センチメートル”へ──高精度位置情報で可能性が広がる日本の産業



2017年10月10日、準天頂衛星「みちびき」4号機を載せたH-IIAロケット36号機が種子島宇宙センターから打ち上げられ、無事に衛星の軌道投入に成功しました。2010年9月の「みちびき」初号機打ち上げ以来、長らく単体での試験運用が続いていた日本の衛星測位システムは、2017年度の2、3、4号機の打ち上げ成功を受け、2018年度からはいよいよ4機体制での24時間運用がスタートします。高精度な位置情報が安定して利用可能になることで、従来から位置情報を活用していた交通や流通だけでなく、製造業、農林水産業、建設、防災、介護、医療など、あらゆるところで位置情報を活用した新たな仕組みが生まれる可能性が広がります。

 

「誤差数センチメートル」程度の高精度な位置情報を提供

「準天頂衛星システム」(Quasi-Zenith Satellite System、QZSS)は、主に日本地域を対象とし、衛星からの電波を利用して地球上における自分の位置(緯度・経度・高度)を知るための衛星測位システムです。カーナビやスマートフォンで利用されているGPS(Global Positioning System)が、地球全体を対象とした「全球測位航法衛星システム(Global Navigation Satellite System:GNSS)」の一種であるのに対し、主に日本地域を対象とするため「地域型衛星測位システム」と呼ばれます。準天頂衛星システムは、GPSシステムと互換性のある測位信号を発射することで、GPSシステムと一体運用して位置情報の精度を高めます。

準天頂衛星システムを整備する背景には、無料で利用できるGPSだけでは実現が難しい高精度測位を安定して可能にするという目的があります。誤差数センチメートルレベルの高度な位置情報が利用できるようになり、自動運転や精密農業などさまざまなサービスの実現可能性が見えてくるのです。

 

天頂近辺に衛星をなるべくとどめる「準天頂衛星システム」の仕組み

測位衛星の電波で緯度・経度・高度を求めるためには、それぞれの衛星から同時刻に送信された信号について受信機が受信したタイミングをもとに衛星までの距離を計算し、三角測量の原理で位置を特定します。時間補正用の衛星と合わせ最低4機の衛星からの信号を同時に受信し、受信機の時計での誤差補正を加えれば(この状態を「衛星が見える」と言います)、位置を正確に求められます。

GPSシステムは、上空2万キロメートルで地球を周回する6つの軌道に合計31個の衛星を配置しています。地球上のどの地点からもおおむね5~7機程度の衛星が見えるように配置されているため、理論上は地球上の全地点で常に測位が可能です。ところが実際には、衛星の高度が十分でなく、地形や建物による遮蔽や干渉により電波が影響を受け、安定した測位が難しいケースもありました。

日本国内で安定した測位を実現するためには、日本からなるべく高い高度に見える衛星の数を増やす必要があります。
 
「準天頂衛星システム」という名称は、天頂(観測者の真上に当たる天球上の点)に近い場所(=準天頂)になるべく衛星が長くとどまるような「準天頂軌道」を前提としていることから命名されています。具体的には、赤道から傾きをつけた軌道で、北側では地球から遠く・南側では地球から近いところを通るようにすることで、北半球にある日本から見ると高い位置に衛星が長時間とどまる、南北非対称な8の字型の軌道を描きます。


みちびきの軌道

 

4機ある「みちびき」のうち初号機、2号機、4号機はこの準天頂軌道をとります。この3機は仰角70度上空にある物体を見るときの地平線からの角度以上に8時間、50度以上に12時間とどまるので、3機が交代で上空に現れることで必ず1機は70度以上の高度にいることになります。また、みちびき3号機は赤道上にある静止衛星軌道をとります。これらを組み合わせて、日本中どこからでもおよそ高度60度以上の衛星を含む3機の準天頂衛星が見えることになるので、GPSと合わせると常時8機以上が見えるようになり、従来に比べると精度の高い安定した測位が可能になるのです。

 

アメリカに頼らない、独自の衛星測位システムを目指す世界の動き

GPSシステムは元来アメリカが軍事目的で整備したものです。発している測位信号も米軍向けと民生向けの2種類があり、かつては、民生用信号の精度を落とすような処理が行われていたこともあります。この措置は現在解除されていますが、GPSシステム自体がアメリカの都合で突然利用できなくなる可能性は常に存在します。

こうしたリスクから世界各国はアメリカに頼らない衛星測位システムを模索することになります。現在、GPS以外に、GNSSとして開発・運用されているのは、ロシアの「GLONASS」、中国の「BeiDou(北斗)」、EUの「Galileo」です。

ロシアのGLONASSは旧ソビエト連邦が軍事用測位システムとして開発しました。ソ連末期には資金不足から計画の続行が危ぶまれた時期もありましたが、現在はロシア政府が引き継ぎ、全地球測位システムとして運用されています。

中国のBeiDouは、2000年に中国国内を中心として運用を開始。さらに2012年12月アジア・太平洋地域へと運用範囲を拡大しました。2018年に中国本土からヨーロッパまで続く経済圏「一帯一路」周辺国へ、さらに2020年には全世界でのサービス開始を目指して衛星の打ち上げを加速しています。GPS、GLONASSと同様、BeiDouも軍事用途で開発が始まったと推測されますが、「宇宙強国」のスローガンを掲げている中国にとって、他国、特にアジア諸国の宇宙産業への影響を強める戦略としても大変重要な意味を持っています。
 
EUのGalileoは、これらとは少し趣が異なります。1990年の湾岸戦争を機に、フランスやドイツなどのEU主要国は、衛星測位の大きな可能性に気付きました。しかし、GPSやGLONASSなど既存の衛星測位システムは、そもそもアメリカやソ連の軍事システムです。どんなに便利でもそれに頼った社会システムにはリスクがあると考え、それぞれが自国での衛星測位システムを検討しはじめたのです。やがてその動きが、欧州共同での民間利用と宇宙産業振興を第一としたGNSS整備プロジェクトへとつながりました。2016年には18機の衛星による初期サービスを開始し、こちらも2020年頃までには全世界で測位サービスを提供する予定です。

ちなみに、準天頂衛星システムを管轄する日本の内閣府とGalileoを管轄する欧州委員会は、2017年3月、衛星測位活用の協力取り決めに署名しています。今後、準天頂衛星とGalileoについても信号の共通化など技術要件が整備され、将来はGPSと同様に一体運用が図れるようになります。
 
また、インドは日本と同様、自国周辺を対象とした地域型衛星測位システム「NavIC」(IRNSSから改称)を整備し、2016年から7機体制での運用を開始しています。インド全土とその周辺1,500キロメートル圏内の国々をカバーしており、インド国内ではNavICだけで測位が可能な配置となっています。

 

マルチGNSSによる精度向上とリスクヘッジ

地上からはさまざまなGNSSの衛星が見えています。内閣府が提供する「GNSS View」では、緯度・経度を指定して、見えている衛星の天球上の配置を確認することができますが、2017年現在でもほとんどの地点ではおよそ20個近い測位衛星が見えていることが分かります。


GNSS View

 

利用できる衛星の数が増えるほど、衛星測位の精度は向上します。つまり、異なる衛星測位システムの信号を同時に利用する「マルチGNSS」に対応することで、より正確な測位が可能になります。既にマルチGNSS対応のデバイスは販売されており、たとえばiPhone XはGPS、GLONASS、Galileo、そして準天頂衛星に対応しています。

日本の準天頂衛星システムは、準天頂衛星+GPS衛星で高精度測位を可能にしていますが、ここにGalileo、GLONASS、BeiDouなどの衛星が加わることで、さらに高精度な測位が期待できます。また、なんらかの理由でGPSが利用できなくなったとしても、マルチGNSSであれば、準天頂衛星を利用し高精度で安定した測位が引き続き可能となります。マルチGNSSは精度向上をもたらすと同時に、衛星測位サービスが失われることに対するリスクヘッジでもあるのです。

 

自動操縦、農業、建設、災害対策……作業の自動化・効率化へ

日本の準天頂衛星システムでは、2017年度中に衛星システムや地上システムも含めた総合試験が行われ、2018年度からいよいよ「みちびき」4機体制での運用が始まります。従来のGPSシステムでは数メートルの測位誤差を補正するために、電子基準点や携帯電話の基地局を利用した補正システムが必要でしたが、本格運用が始まれば、衛星測位のみでセンチメートル単位の高精度な測位が可能になります。これは、さまざまな産業に影響を与えます。

例えば、自動車やドローンの自動操縦、それらに必要な地図を作製するための高精度測位も可能になります。農業や建設などの分野では、人口減少による就業人口減少が大きな課題となっていますが、安定した高精度な位置情報を利用することで、農機や建機の自動運転や作業の自動化・効率化が図れるようになります。また、スマートフォンや専用機器を活用した子どもや高齢者の見守りサービスなども、精度の向上とともに有用性が高まります。

「みちびき」は、災害発生時の情報提供や防災にも活用されます。測位信号と共に、政府機関からの地震、津波などの災害情報、テロなどの危機管理情報、避難勧告などの発令状況を送信する「災害・危機管理通報サービス(災危通報)」サービスと、衛星を利用して避難所などの情報を収集する「Q-ANPI」です。

衛星安否確認サービス「Q-ANPI」|みちびきについて|みちびき(準天頂衛星システム:QZSS)公式サイト - 内閣府

災危通報はGPSと同じ周波数・波形を利用して情報を送信するため、受信機の価格を抑えられます。街灯、信号機、自動販売機、あるいは病院や学校などの施設に受信機を設置し、ディスプレイを接続することで、スマートフォンを利用しづらい状況下や災害時に電話回線が不通となっている場合でも情報を提供できます。

Q-ANPIは日本国内および周辺海域で利用できるサービスで、避難所の情報をみちびき経由で衛星管制局に送信、インターネット経由で集約します。避難所の設置場所、避難人数、けが人の有無や不足している物資などの情報を効率的に収集するインフラとしての活用が期待されます。

 

「みちびき」7機体制、そして宇宙産業時代の国際競争力維持へ

準天頂衛星やマルチGNSSを活用していくためには、衛星本体や運用システムの開発だけでなく、対応したデバイスやソフトウェアの研究開発も必要となります。準天頂衛星を活用した高度なサービスを、「みちびき」の信号が受信できるアジア・太平洋地域に展開することで、日本の宇宙産業の国際競争力を強化すると共に、国際的なプレゼンスが高まることが期待されます。

2015年1月に策定された宇宙基本計画では、「みちびき」の数をさらに増やし、2023年度をめどに、7機体制での運用開始を目指しています。7機体制になると、日本上空に必ず4機の準天頂衛星が存在するようになるため、準天頂衛星だけでの持続測位が可能となります。

今後人材需要が高まると予想される「IoT」や「自動化」にかかわる技術では、高精度位置情報が前提条件となります。情報システムとリアルワールドの接点である高精度位置情報を活用したサービスは、私たちの暮らしに密接に関わり、欠かせないものとなっていくでしょう。国際協力体制によるマルチGNSSの活用を進めると同時に、国産の衛星測位システムを維持運用する技術力を持ち続けることは、来たる宇宙産業の時代において日本の国際競争力のアピールにもつながっているのです。
 

執筆者プロフィール

板垣 朝子(いたがき・あさこ)

板垣朝子

Organnova代表/WirelessWire News編集委員。独立系SIerにてシステムコンサルティングに従事した後、1995年から情報通信分野を中心にフリーで執筆活動を行う。2010年4月から2017年9月までWirelessWire News編集長。「人と組織と社会の関係を創造的に破壊し、再構築する」ヒト・モノ・コトをつなぐために、自身のメディアOrgannovaを立ち上げる。

 

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