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他の職種に比べてもともと、ITエンジニアの雇用流動性は高い。しかしそれは、同じSIerやITベンダーのなかでの転職やユーザー企業の情報システム(情シス)部門への転職という文脈での話だ。ところが、近年、ITエンジニアの就職・転職事情が変わりつつある。
たとえば、政府が進める成長戦略の要点のひとつとされるサイバーセキュリティ。2020年東京オリンピック・パラリンピックの影響もあり、セキュリティエンジニアが8万人足りなくなる *1 という予測がある。この予測のなかでは、現状のエンジニアのうち16万人ほどが、セキュリティエンジニアとしてスキルを身につける必要があるとも述べている。セキュリティ特需のような状況だ。
加えて、IoT、AIという成長分野への取り組みも多くの業界で活発化し、製造業、金融業、医療、農業、福祉といった分野においてエンジニアが求められるようになった。しかも、この場合のエンジニアとは、従来からあるようなユーザー企業における情報システム部門のエンジニアではない。ICT技術、先端技術を駆使し、新しいサービスや製品を作り出すことができるエンジニアだ。
2015年に経済産業省 産業構造審議会が公表した「情報セキュリティ分野の人材ニーズについて」 *2 では、グローバルと日本でのIT企業構造の違いについて、「海外ではITエンジニアの70%以上がユーザー企業に所属しているのに対し、日本は75%以上がITサービス業(SIer、ITベンダー)に所属している」と述べている。続けて、今後必要となるIT人材は、ユーザー企業で直接製品やサービスを開発するエンジニアだとしている。
つまり、現在エンジニア不足といわれているのは、SIer、ITベンダー、企業の情シス部門のエンジニアではなく、新しいタイプの『企業エンジニア』ということになる。
では、ITサービス業および情シスのエンジニアと、新しいタイプの『企業エンジニア』は、一体何が違うのだろうか。
先ほどの問いに対する答えは、「デジタルトランスフォーメーション」という言葉で説明できるだろう。
デジタルトランスフォーメーションとは、デジタルの力、つまりICTイノベーションによって新しいビジネスを生み出したり、業務プロセスに新しい価値を生み出したりすることだ。
たとえば、以下のようなものがある。
つまり、業務プロセスにコンピュータを導入して効率化やコストダウンを図るのではなく、ビジネスを加速させるドライバーとしてITを活用するということだ。
もちろん既存のSIビジネスや情シス部門の業務がなくなるわけではないが、企業情報システムに関してはクラウド・アプリ利用へのシフトも進んでいる。システム開発でも新しい形態や運用が広がっているが、そこにさまざまな企業の事業開発としてのエンジニアニーズが生まれようとしている。
新しい分野として注目されている業界のひとつに自動車業界がある。「モビリティ革命」という言葉が示すように、EV(電気自動車。Electric Vehicleの略)、自動運転、コネクテッドカーといった新しいイノベーションでにぎわう業界だ。世界中の自動車メーカーやサプライヤーが、次世代パワートレインの研究、機械学習、ディープラーニングといったAI研究、センサーネットワークや通信技術の研究、サービスプラットフォームの構築への取り組みを始めている。
日産自動車は、国内量産EVのパイオニアとして製品開発に力を入れており、2017年9月に新型リーフを市場投入したばかりだ。
新型リーフでは「プロパイロット」というレベル3(条件付運転自動化 *3 )自動運転支援技術を市販車に搭載した。これは、高速道路で車線を認識しながらステアリングの介入制御を行うものだ。さらに、カメラ情報から駐車・車庫入れを自動で実行するオートパーキング機能を実用化している。
ちなみに日産自動車のプロパイロットや自動ブレーキを実現しているカメラシステムには、イスラエルのベンチャー企業「モービルアイ」の画像認識ユニットを利用。さらに日産は、DeNAと共同で無人運転車両の実験を行い、日産総合研究所シリコンバレーオフィスではNASAと共同でレベル4(高度自動運転)、レベル5(完全自動運転)を目指した自動運転技術の開発を2015年から本格化させている。
日産自動車の取り組みの特徴は、EVや自動運転技術の開発を独自に着々と進めている点だ。この動きは国内自動車メーカーにはまだ見られない動きで、ダイムラー、BMW、GMなど欧米メーカーに近い戦略だ。フランスの自動車大手ルノーグループである日産の特徴だろう。
トヨタ自動車は、ハイブリッド車の成功からか、EVへの取り組みが遅れているといわれている。しかし、デンソー、マツダとEV・次世代カー開発の新会社を2017年9月に設立するなど、急速に取り組みを強化し始めた。このアライアンスにはスズキも合流を表明した。また、資本提携関係にあるマツダとは2021年の稼働を目指すアメリカのEV工場に1700億円の投資計画を発表している。
国内では長期的なエネルギー政策から、FCV(燃料電池自動車。Fuel Cell Vehicleの略)の開発に力を入れている。
FCVはEVの持つ充電時間や航続距離の問題に対応しやすく、保存の効く水素は平常時、災害時の備蓄エネルギーとしても活用しやすい。さらに、バッテリー性能を向上させるという「全固体電池」の開発にも着手している。
体力のあるトヨタ自動車は、20年、30年先を見通す長期的な戦略が特徴だ。
自動運転やコネクテッドカーの分野では、豊田中央研究所(愛知県長久手市)での研究開発活動に加え、北米での取り組みを加速させている。関連子会社としてトヨタ・リサーチ・インスティテュート(TRI)、トヨタ・モーター・ノース・アメリカ リサーチ&デベロップメント(TMNA R&D)、トヨタ先進安全技術研究センター(CSRC : Toyota Collaborative Safety Research Center)、トヨタコネクティッド、トヨタ IT開発センター(Toyota Info Technology Center)が、ADAS(先進運転支援システム)、AI技術、ロボット工学、自動運転、クラウドプラットフォームの研究開発を進めている。
コネクテッドカーでは、すでにレクサスとプリウスが商用サービスを展開しており、車両情報をディーラーなどと共有し、故障検知サービスやロードサービスに活用している。また、トヨタコネクティッドでは、サービスプロバイダーと共同でシェアリングカープラットフォームの構築にも取り組んでいる。
本田技研工業(ホンダ)も、トヨタと同様にFCVを市場投入しているメーカーだ。EVについては2017年10月に、狭山工場(埼玉県狭山市)の機能を寄居工場(埼玉県寄居町)に集約し、2021年をめどにEV開発の拠点とする計画を発表した。2025年にはレベル4自動運転カーを実現する計画を持っている。
ホンダは独自にジェット機やロボットを開発するなど、もともと技術力のある企業だ。自動運転技術でも独自のソリューション開発が期待できるだろう。
Tier1サプライヤー(メーカーに直接システムを納入する部品メーカー)についても言及したい。デンソーは愛知県日進市にある研究所「先端技術研究所」を再編し、次世代モビリティの研究開発を加速させている。同研究所がカバーする範囲は、半導体、センサー技術から、材料技術、バイオ研究、HMI(ヒューマンマシンインターフェイス)研究など多岐にわたる。東京都渋谷区に設立した研究開発のためのグループ企業「デンソーアイティーラボラトリ」では、画像認識や機械学習、ディープラーニング、さらにはニューラルネットワークチップの開発といった最先端のAI技術を研究している。
先端技術研究所やデンソーアイティーラボラトリでは、国内外のエンジニアだけでなく、大学教授や博士課程研究者の採用を積極的に行っている。EVへのシフトや自動運転について基幹技術をどのメーカーにも提供できるようにする戦略だ。
もうひとつ紹介したいのは三菱電機だ。総合電機メーカーである三菱電機は、純粋な完成車OEM向けのサプライヤーではないが、電車、発電所、風力発電といったシステムを手掛けているため、古くからモーター技術、インバータ技術を持っている。V2X(Vehicle to Everything)モジュールや準天頂衛星システム、高精細3D測位システム(GPSと点群データによりレベル4以上の自動運転に必要とされる高精度3Dマップに必要)など、すべて実用レベルで研究が進んでいる。次世代の自動車サプライヤーとして存在感を発揮する企業のひとつだろう。
もちろんこれ以外の自動車メーカー、サプライヤーも追随する取り組みを行っている。外資系企業も含めればITエンジニアの選択肢はさらに広がるはずだ。
最後にこれらの企業がどのようなエンジニアを欲しているのか。具体的にはそれぞれの企業の求人を詳しく見るべきだが、IT関連のスキルに限定すると以下のように絞ることができる。
自動運転で求められるのは、機械学習やディープラーニングのアルゴリズム開発、手法の最適化、学習方法の開発などが多い。コネクテッドカーのサービスアプリケーションやHMIの部分では、ユーザーエージェントの実装、サービス連携においてはPythonによるAIライブラリの活用、各種AIサービスのマッシュアップスキルなどの活用が期待できる。
センサー関連は、ADAS、自動運転で必要な各種センサーのハードウェア、制御ソフトウェアの設計開発ができるとよい。各センサーは、天候など環境によってそれぞれ弱点を持っているため、新しい測位技術やセンシングに応用できるアイデアや技術を持っているといいかもしれない。
バッテリーやボディ・シャーシ関連では材料工学、分子工学などが挙げられる。新しい素材の開発としてブレークスルーやイノベーションが必要とされている分野だ。
コネクテッド技術は、まずプラットフォームづくりを考えているメーカーが多いので、クルマとクラウドをつなぐネットワーク技術のスキルと、ラストワンマイルのネットワーク技術を持っていると強い。そのうえでサービスプラットフォームを考えることになる。ここはむしろ現状のITサービス、アプリサービスの知見がフルに適用できるところだ。運行管理システム、ユーザーエージェントなどのサービスマッシュアップのスキルが生かせるはずだ。
国内メーカーは、コネクテッドサービスについて自社クラウドやプラットフォームを前提としている。そのため、セキュリティはオープンなネットワークに接続しないことで確保する戦略だが、カーナビやテレマティクス端末とCAN(車内LAN)の間には、専用ゲートウェイやセキュリティモジュールの組み込みが必須だ。これらは無線通信を利用したシステム「OTA(Over The Air)」技術とともに重要な技術となるだろう。
また、カーナビや車載デバイスのセキュリティは、スマートフォンのセキュリティが適用可能な分野だ。クラウド上のサービスには、既存のITセキュリティ技術がほぼ適用される。認証技術、WAF、ネットワーク監視技術、暗号化通信技術は自動車セキュリティでも欠かせない。
自動車業界におけるエンジニアの可能性は多方向に広がっている。各自の得意分野や挑戦したい分野の参考となれば幸いだ。
中尾 真二(なかお しんじ)
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