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「メイカームーブメント」という新しいものづくりの潮流、技術の進化がもたらす変革の可能性

「Maker Faire Tokyo 2018」開催告知記事より


「Maker Faire(メイカーフェア)」というイベントを知っていますか?

ひとことで言えば「ものづくりが好きな人たちのお祭り」です。ハイテクからローテクまで、またIoTデバイスから木工品、デジタル、アナログ、金属、布、食品、プログラミングまで、およそ「自分で作る」という言葉が当てはまるものなら何でも展示したり、実演したりして、みんなで一緒に楽しむイベントです。

 

日本でも「Maker Faire Tokyo」という名で毎年開催されています。2017年は、東京・お台場の東京ビッグサイトで8月5日~6日の2日間にわたって開かれました。約550組の出展者と2万人を超える来場者が訪れ、「作る」ということに興味がある人だけでなく、面白いものが見たい人、新しいことに興味があるという人、好奇心にあふれた子どもを持つ家族連れなど、多様な人たちが集まりました。

出展する側もバラエティーに富んでいます。二足歩行ロボットや多足歩行機械、動力源を使わずに人間が乗り込んで操作するパワードスーツ、オリジナルの電子楽器、光ったり色が変わったり音が鳴ったりする衣服、独自のアイデアによるバーチャルリアリティデバイス、自動で料理する機械、電子部品で作ったイヤリングや指輪……などなど、とても書き切れません。とにかく「作りたい」、そして「作ったものをみんなで共有したい」という熱気が、会場全体に満ちあふれています。
 

高度なものづくりを楽しむ「メイカー」と呼ばれる人々

「Maker」という単語を目にすると、多くの人はいわゆる「メーカー」、すなわち製造業を手がける企業を連想するでしょう。しかし、英語では企業に限らず、個人でものづくりを手がける人々のことも同じく「Maker」と表現します。そこで、日本語では、個人のMakerを「メイカー」と表記することで区別しています。そして、Maker Faireの参加者には、個人だけでなく、ベンチャー企業がプロモーションの一環として出展したり、大学の研究室が研究成果を披露するために参加したり、大手メーカーで働くエンジニアが業務外で自分の勉強のために取り組んだ結果を披露したりなど、さまざまなタイプの「メイカー」が存在しています。

最初にMaker Faireが開かれたのは2006年。アメリカで2005年に創刊された雑誌『Make:』の発行元であるMaker Mediaが主催し、サンフランシスコで「Maker Faire Bay Area」が開催されました。『Make:』は、デール・ダハティ編集長(ティム・オライリー氏と一緒にO’Reilly Mediaを創設した人物)のもと、テクノロジー系DIY専門誌として登場した雑誌です。それはアメリカに根付くDIY(Do It Yourself、「自分でやる」の意)精神を背景に、従来は取り扱いが難しかったデジタルデバイスや電子制御の工作機械を使う、いわゆる日曜大工の範囲を超えたものづくりを紹介する初めてのメディアでした。そしてMaker Faire Bay Areaは、その読者のための交流の場として始まったのです。

そこから毎年のようにMaker Faireの規模は拡大し、2017年の「Maker Faire Bay Area 2017」では1000組以上の出展者、20万人超の来場者を数えるまでに成長しました。さらに、いまやアメリカや日本だけでなく世界190の地域において、大小さまざまな規模でMaker Faireが開かれるまでになっています。アジアだけでも、中国の深セン、シンガポール、台湾の台北、韓国のソウルなどで、それぞれの地域の特色があふれる形で実施されています。

例えば、世界最大規模の最先端工場が集まっている深センでのMaker Faireでは、ハードウェアスタートアップ企業による新しいアイデアのデジタルデバイスやドローンなど、派手で目を引く出展があります。また、シンガポールでは国を挙げてIT教育が盛んであるため、子どもたちがSTEM教育(科学・技術・工学・数学の教育分野)の一環としてMaker Faireに参加することが多く、一緒にSTEM教育に関するシンポジウムやセミナーなどが開かれています。
 

メイカームーブメントは社会や企業の在り方を変える

Maker Faireが世界中でこんなにも活況となった背景には、「メイカームーブメント」という大きな潮流があります。メイカームーブメントという言葉は、2010年にジャーナリストのクリス・アンダーソンが提唱しました。

クリス・アンダーソンは、「ロングテール」「フリーミアム」といった、インターネット時代の新しいビジネストレンドを著書で紹介したことでよく知られています。アンダーソンは、デジタル技術によってものづくりの技術が大きく変化を遂げ、それは産業界だけでなく私たちの生活や社会にも大きな変化をもたらすと示唆しました。そして彼自身も「3D Robotics」というドローンメーカーを立ち上げ、ものづくりの変革を自身の手で示そうとしています。

メイカームーブメントの中心には、「ものづくりの民主化」ともいえる動きがあります。3Dプリンターやレーザーカッター、CNC切削機といった最新の工作機械は、コンピュータで全てコントロールできるため、職人的な経験や勘がなくても、作りたいものの3Dモデリングデータがあれば使うことができます。こうした新たなものづくりの手法は「デジタルファブリケーション」と呼ばれ、メイカームーブメントに多大な貢献をもたらしました。

デジタルファブリケーションの特長は、従来から存在した手動の工作機械によるものづくりに比べ、安いコストで高い精度のものづくりが簡単にできる点にあります。例えば、3Dプリンターが登場したことで、従来は金属の金型を必要とした樹脂製のパーツを、極めて低コストで製造できるようになりました。

また、大量生産で低価格を実現することを前提とした従来の製造業では難しかった「少量多品種生産」も実現しました。3Dプリンターで部品を印刷するために必要な3Dモデリングデータがインターネット上で配布されるようになり、さらに、Raspberry PiやArduinoといった、比較的安価で簡単に手に入れられる超小型コンピュータが登場したことで、センサーで光や温度を検知したり、モーターを動かしたりするようなIoTデバイスが気軽に作れるようになりました。それを動かすためのノウハウなどもインターネット上に多く公開されています。その結果、デジタルを最大限に活用するものづくりが誰にでも可能になったのです。

そして、こうしたデジタルファブリケーションを私たちの身近なものにする上で重要な役割を果たしているのが、「ファブラボ(FabLab)」と呼ばれる施設です。ファブラボとは、3Dプリンターなどの工作機械を備える、ものづくりのためのスペース。大学や研究機関、自治体などが提供したり、企業が有償で設置していたりと、運営形態はさまざまです。

国内外のファブラボとものづくり活動をつなぐコミュニティ「FabLab Japan Network」のサイトより
国内外のファブラボとものづくり活動をつなぐコミュニティ「FabLab Japan Network」のサイトより、「What’s FabLab?

デジタルファブリケーションのための工作機械は、以前に比べると安価になりましたが、誰でも気軽に入手できるものではありません。しかし、ファブラボが存在することで、人々は自分の時間の中でデジタルファブリケーションに取り組めます。また、こうした施設が日常的に利用できれば、ものづくりのコミュニティが生まれ、新しいアイデアやノウハウを共有することで、スタートアップが立ち上がるきっかけとなる可能性もあります。これこそが、「ものづくりの民主化」としてのメイカームーブメントです。

実際にアメリカでは、ファブラボで自分のアイデアを形にした主婦が起業してベンチャーの経営者になったり、独立したエンジニアが自分のアイデアを形にして大企業に買い取られたりといった事例がいくつもあります。つまり、メイカームーブメントには、ハードウェア分野におけるスタートアップの涵養(かんよう)という側面もあるのです。
 

メイカームーブメントとオープンイノベーションの未来

メイカームーブメントは、個人やスモールビジネスのものづくりだけを後押しするものではありません。ハードウェアからソフトウェアまで広くエンジニアと呼ばれる職種の人々は、大企業にも多く所属しています。メイカームーブメントは、そうした大企業に所属するエンジニアもエンパワーします。

近年、オープンイノベーションという言葉が注目を集めています。この言葉は、2003年にアメリカのハーバード・ビジネス・スクールの教授だったヘンリー・チェスブロウが、著書の中で初めて使いました。簡単に説明すると、企業が内部だけで研究開発を行って新しいものを生み出そうとするのではなく、必要に応じて外部と知識や情報、人材を交換し、連携しながらイノベーションを目指す取り組みのことです。

そして、メイカームーブメントをオープンイノベーションの文脈で捉える企業が、少しずつ現れてきています。例えば、IBMは1990年代に経営危機に陥った際、全て内部で開発する主義を捨て、ハードウェア部門の多くを売却し、さらにソフトウェアではLinuxをはじめとするオープンソースを中核に据えました。結果、ビジネスの仕組みそのものを転換することに成功し、大きく業績を回復しました。その後、IT業界ではGoogleやMicrosoft、Amazonなど、次々と新たな巨人が登場していますが、ほとんどの企業がオープンソースソフトウェアに大きく関わり、それによって生まれるイノベーションを内部に取り入れています。

ここ数年は、デジタルファブリケーションによってハードウェアとソフトウェアの距離が近付き、ハードウェアにもオープンソースの考え方が大きな影響を与えるようになりました。ハードウェアを設計・制御するソフトウェアやデータがオープンソースとして公開され、さらにはハードウェアそのものの仕様や設計を公開し共有するオープンソースハードウェアも登場しています。

さらに、近年はIoTやビッグデータのように、ハードウェアやソフトウェアとデータが連係し、従来のビジネスモデルや産業分野を変革する動きが活発になりつつあります。その中では、新たなアイデアをどんどん生み出し、深い専門知識と同時に幅広い分野への関心を持ち、そしてエンジニア自身が他のエンジニアと活発にコミュニケーションを図っていくことが重要視されます。

また、「ビジネスとしてのものづくり」という観点では、アジアにおけるトレンドも無視できません。日本はものづくり大国として、精密さや正確さ、微細さが求められる産業分野で強みを発揮してきました。しかし、中国、特に深センでは、手軽なものから高度なものまで、さまざまな製造業に関連する企業や人が集まり、ものづくりにおけるイノベーションが活発になっています。

深センはこれまで、“世界の工場”として、世界中の家電やデジタルガジェットの製造を引き受けてきました。しかし、現在では下請けからの脱却を目指し、大手企業・行政が一緒になって、ハードウェア関連のスタートアップの支援を熱心に行っています。加えて、中国国内だけでなく、中国国外のハードウェアスタートアップや個人でものづくりに取り組むメイカーにも声を掛け、共同で新たな製品の開発・製造を行うという動きも出てきています。

いわゆる「ものづくり」の分野はいま、大きな変革期のまっただ中にあります。世界の経済状況だけでなく、IoTやAIといった新しいテクノロジーの登場によって、産業自体が変容し、企業もそれにキャッチアップすべく動いています。そして、メイカームーブメントも、そうした動きとは無縁ではありません。

新たな技術は企業だけでなく個人にも恩恵をもたらし、個人の新しいアイデアが新しいプロダクトやサービスを生み、それによって企業や社会にまた変化をもたらします。その中で「メイカー」、すなわちものづくりに取り組む個人は、社会の変革──すなわち新しいイノベーション、新しい経済、新しい働き方の担い手となることが期待されています。

Maker Faire Tokyo 2018は、8月4日(土)~8月5日(日)に東京ビッグサイトで開催。出展者を4月4日(水)から5月2日(水)まで募集しています。
 

執筆者プロフィール

青山 祐輔(あおやま・ゆうすけ)

青山祐輔

ITジャーナリスト。インプレスにて「Impress Watch」「月刊iNTERNET magazine」などの編集記者、リクルート「R25」のウェブディレクターなどを経て独立。現在は主に、AIによる社会のデジタルトランスフォーメーションと、メイカームーブメントによる企業のイノベーションの現場を追いかけている。 B.M.Factory – Nothing but a text.