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万人に愛されて生きていければ理想だが、時として人から悪意を向けられるシーンというのも、残念ながらあるだろう。それが、ただでさえ苦労の多い仕事上のやりとりで発生すると、どうしたってうんざりしてしまう。プライベートにも影響しかねない。
仕事で縁の切れない相手からの悪口や嫌味、妨害工作……。こういった「仕事の邪魔」は、どう対処すればいいのか。そんな悩みに答えてもらったのは、世界で320万部以上を売り上げるベストセラー『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社)の著者、岸見一郎さんだ。
同書は19世紀から20世紀にかけて活躍した精神科医で心理学者のアルフレッド・アドラーによる「アドラー心理学」を解説したもの。岸見さんは自身のTwitterでも、他ユーザーからの相談にアドラー心理学などの研究や体験に基づいた辛口のアドバイスを送っている。そんな岸見さんに、「仕事の邪魔をしてくる」人との関わり方を教えてもらった。
質問内容を伝えると、岸見さんは柔らかな語り口で次のように切り出した。
「まず、そもそも、職場には何をしに行くのでしょう。仲良くしに行くのか、仕事をしに行くのか」
えっ、それは、もちろん、仕事です……。
「そう、職場は仕事をするところ。そして、そこで求められているのは成果を上げること。それ以外のことは、仕事とは何も関係もないのです」
ああっ、その通りです。なんだか申し訳ない気分になってきました。すみません、すみません……。
「その上で、実害がある場合とそうでない場合がありますよね。単に嫌われているとか妬まれているだけなら、実害はありません。それは相手の課題であって、自分の課題ではない。ならば、あなたがそれに取り組む必要はないのです。何をしても嫌ってきたり、妬んできたりする人はいます。私は人から気にされるくらい実力があるんだと思っていればいい」
「他者の課題には踏み込まない」は『嫌われる勇気』でも強調されているポイントだ。また、仕事の邪魔をしてくる人はどうしてそんな行動に出るのか? を改めて考えてみるのが効果的だという。
「アドラーの言葉を借りれば、仕事の邪魔をしてくる人は“価値低減傾向”にあります。そのような人は本来、力のない人。そんな人が力のある人に勝とうと思ったら、本当は仕事でもっと成果を上げるしかない。そのためには建設的な努力が必要です。でも、それが無理だと思っているから、相手の価値を下げることで相対的に自分の価値を上げようとする。仕事の邪魔をしてくる人には、基本的には劣等感があるのです」
「あ、この人は劣等感が強いんだな」と相手を見ることができれば、たしかにそんなに気にならないかも……。では、実害がある場合はどうすれば?
「アドラーは他にも、本戦場と支戦場という言葉を使っています。本来、仕事というのは本戦場(成果)でしか競えないものなのに、実力がない人は支戦場(悪口)で競おうとする。相手は戦場をズラしたいんです。学校で、始業中の態度が気に食わなかったから、放課後に校舎の裏に来い、みたいなこと。だから、そういうケンカには乗ってはいけません」
つまり、ケンカに負けないための唯一の方法は、ケンカをしないことなのだ。その上で、支戦場において相手に行き過ぎた行動があれば、支戦場のルールを適用すればよいそうだ。
「極端な話ですが、暴力を振るわれた場合は泣き寝入りする必要はなく、警察など然るべきところに相談しましょう。相手からの“邪魔”が許容できない域に及んでいるのであれば、上司などに報告するべきです。ただし、それはあくまで支戦場の争い。基本的には仕事は本戦場で、成果を上げることだけを考えて行えばいいのです」
とはいえ、相手に邪魔をされたら、その後は被害者意識を持ってしまい、どうしてもモヤモヤしてしまいそうです……。
「仕事を一生懸命やっていれば、そんな暇はありませんよ。対人関係の揉め事に注意を奪われる余裕なんてないはず。モヤモヤや被害者意識というのは、別のことが起こっている証拠です。もしかしたら、自分の仕事に胸を張れない事情があるのかもしれない。あるいは、積極的に仕事に取り組めない口実にして、言い訳をしているのかもしれない。私はモヤモヤしているから、被害者だから、仕事に集中できない、と」
耳の痛い話ばかりだが、これもごもっともだろう。でも、岸見さん、人間はそんなに強く生きられないんじゃないでしょうか……?
「“Yes, but……”ですね。カウンセリングの現場ではよくある発言です。“話はわかるんだけど、でも……”という。気をつけなければいけないのは、“でも”と言った時点で自分の中ではやらない方に動いてしまっているということ。あとはやらない言い訳を無数に並べるだけです。やっていないことはやらないとわからない。やったらできるかもしれない。まず1週間やってみてというと、意外とできるものですよ」
もはや、ぐうの音も出ない。インタビュー中に口をパクパクさせている筆者を見かねてか、岸見さんは穏やかにフォローしてくれた。
「もちろん、難しいことを言っている自覚はあります。しかし、目の前の現実を変えられるのは理想だけなんです。現実を追認してしまったら何も変わらない。だから私はカウンセリングで“大変ですね”とは言いません。認められてしまうと、人は課題に向き合おうとしなくなってしまうから。私の仕事は、課題に向き合う勇気を出す助けになる“勇気づけ”です。だからこそ、あの本のタイトルは『嫌われる勇気』なんですよ」
何て上手いことを……! では、誰かに仕事を邪魔されたとしても、それはそんなに大したことでも、気にするべきことでもないのですね。
「“嫌い”“妬む”というのは評価です。そして、他者からの評価は自分の価値とは関係がない。勘違いされがちですが、評価されることと価値があることはまったく別です。だから、仕事の邪魔をされたところで、自分の価値が下がるわけではない。このことはしっかり認識しておくべきだと思います。ただし、逆も然りで、褒められても自分の価値が上がるわけではないことにも注意しなければいけませんが」
なるほど……。テーマの根深さに戸惑いながらも、少しずつ納得して心が晴れてきた筆者に対し、最後に岸見さんからはこんなアドバイスをいただいた。
「もしかしたら、相手の言動の中に勝手に悪意を見出してしまっているのかもしれない。その場合は、悪意のある人を自分が周りに作ってしまっているんです。この世界のことはすべて自分で決めていると言っても過言ではありません。だから、できるだけポジティブな目で周りを見るようにするといいと思います。アドラーはこう言っています。“ただあなたが変わりなさい”と」
参考:『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社)
(朽木誠一郎/ノオト)
岸見一郎(きしみ いちろう)
1956年、京都生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学(西洋古代哲学史専攻)。京都教育大学教育学部、奈良女子大学文学部(哲学・古代ギリシア語)、近大姫路大学看護学部、教育学部(生命倫理)非常勤講師、前田医院(精神科)勤務を経て、現在、京都聖カタリナ高校看護専攻科(心理学)非常勤講師。専門の哲学に並行してアドラー心理学を研究、精力的に執筆・講演活動を行っている。近著『嫌われる勇気』は世界で320万部以上のベストセラーとなっている。
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