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「人は役を求めるもの。介護職員は演出家に近い」――俳優・介護福祉士、菅原直樹さんの深慮

 「人は役を求めるもの。介護職員は演出家に近い」――俳優・介護福祉士、菅原直樹さんの深慮

人手不足や低賃金の話題がニュースなどで報じられる介護の仕事。「明るいイメージを抱きにくい」というのが、世間一般のイメージではないだろうか。

 

「成長を強いられることに息苦しさを抱いている人は、介護職が向いていると思っています。介護の世界は、合理的ではありません。でも、自分とは異なる世界に対して、好奇心を持って接することができる人には楽しい仕事ですよ」

 

そう話すのは、「老いと演劇 OiBokkeShi」を主宰し、俳優でありながら介護福祉士として働く菅原直樹さん。現在は岡山県奈義町で介護や福祉、教育など芸術文化の力を活かした街づくりにも携わっている。

 

「老いと演劇」は、岡山県和気町で菅原さんが立ち上げた演劇団体だ。「老人介護の現場に演劇の知恵を、演劇の現場に老人介護の深みを」という理念のもと、高齢者や介護者とともにつくる演劇公演や、認知症の人との関わり方を考えるワークショップなどを実施している。

 

介護現場を「演劇」という視点から見つめる菅原さんに、介護職のおもしろさと介護業界に必要な視点を教えてもらった。

 

認知症になった祖母が介護への興味につながった

 

――菅原さんは劇団の俳優として活動しながら、介護のお仕事を始めたんですよね。

 

はい、青年団という劇団に俳優として所属していました。27歳のとき、演劇以外のスキルを身に付けたいと思って、ハローワークに行き職業訓練でホームヘルパー2級の資格を取得したんです。それから特別養護老人ホームの介護職員としても働き始めました。

 

――介護の道を選んだきっかけは?

 

劇団仲間のなかで、介護を仕事にしている人が多かったからです。もう一つの理由としては、祖母の存在が大きいですね。自分が高校生のとき、祖母が認知症になりました。デイサービスで知り合った男性に恋をして、車が家の前を通ったらその人が来たと思い込んで家を飛び出してしまったりして。「タンスのなかに人がいるよ」と、見えない世界が見えたりもしていましたね。

 

――その様子に、戸惑ったりしましたか?

 

そのボケを「正せばいいのか」「受け入れればいいのか」、とても迷いましたね。「タンスのなかの人」と言われたとき、当時は「タンスのなかに、人はいないんだよ」と、そのボケを正していました。ボケを正せば、元のしっかりしたおばあさんに戻ってくれるのではないかな、と思って。それに、ボケを受け入れてしまったら、どんどん変な世界にいってしまうのではという不安もあったんです。

 

ただ、大人になってから「あの体験は何だったんだろう」と、不思議な気持ちが残っていました。その謎の体験、つまり「認知症」という現象に向かい合いたいと考えて、介護の仕事を始めたんです。

 

「いい介護」は演出と同じである

 

――介護の仕事を始めてから、それ以前と自身のなかで何か変化はありましたか?

 

180°見方が変わりましたね。学校でも社会でも、昨日よりも今日、今日よりも明日と、成長していく価値観が大切にされています。一方、老人ホームに行くと、お年寄りはボーっと生活をしているんですよ。僕はその光景を見て「あれ、居心地がいいな」と。

 

年をとるほどに、もしかしたら明日病で倒れてしまうかもしれないし、極端な話をすれば亡くなってしまうかもしれない。その下り坂の価値観を知れたのがよかったんでしょうね。「老い」「ボケ」「死」は悲しくてつらいもの、重いものに感じるかもしれません。しかし、現代社会で成長を強いられて息苦しさを持っている僕みたいな人間にとって、介護の現場はなんだかとても居心地が良かったんです。

 

――いままでとは異なる世界が開けた、と。

 

効率や合理的な考え方を持つと、介護の現場ってつらくなってしまうと思います。というのも、お年寄りは合理的な存在じゃないですから。配偶者が亡くなったり、身体が動かなくなったり、物忘れが多くなったり、住む環境が変わったり、そういった多くの不条理と向き合っていますから。お年寄りと接すると、人間らしさや愛らしさを感じるんですよね。人が好きな方、自分とは違う価値観を持つ人と接するのが好きな方は、介護職に向いていると思います。

 

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――菅原さんは介護の世界に入ってから演劇との結びつきを感じたのですよね。どのような点でしょうか?

 

さきほど自分の祖母のボケを「正す」道を選んだ、とお話しましたが、介護職員になってからボケは「受け入れる」のがいいと気づいたんです。もちろん身内じゃないからこそできることかもしれませんが。

 

受け入れるというのは、そのお年寄りの方の世界に合わせて「演技をする」ということ。たとえば、ここが老人ホームの部屋だとしましょう。元営業マンの認知症のおじいさんが入居しています。若いころはよく出張をしていた。認知症になり、老人ホームに入所して1週間か2週間がたちました。すると目覚めた時にこう思うんです。

 

「今日は目を覚ましたら見慣れない部屋にいるな。あ、そっか。出張でホテルに来ているんだ。ちょっと日が差してきて、もうチェックアウトの時間だな。そうだスーツどこだろう」と。そこに、介護職員がガラガラと入り、「お昼の時間ですよ」と呼んでも、おじいさんは「いやいや、いまスーツ探しているんだ」と返答してくる。そこで必要になるのが演技力です。

 

「スーツ……あ、あれ?なんでしたっけ」

「いやいや、今日はこれから会社に出勤しないといけないから」

「そうでしたねぇ。そうしたらスーツ探してみますね。その前にちょっとごはんもあるので、先に召し上がっていてください。僕、探しておくので」

「ああ、わかった」

 

そのとき、いきなり「スーツ? 何言っているんですか。それよりごはん食べに行きましょう」と言っても、相手はその言葉を受け入れられず、むしろ反抗したくなると思うんですよね。それでお互い意固地になって消耗してしまうんですよね。

 

――相手の世界を否定せずに、まずは尊重するわけですね。

 

介護は悪いイメージを持たれやすいのですが、「いい介護」はおもしろい仕事です。老人ホームにいる方々は、これまでいろんな人生を歩んできた人で、それぞれ個性を持った人の集まり。そう考えると、人が好きな人にとってはたまらない場所なんです。社長だった人、医者だった人、農家だった人、生活保護を受けている人。みんな一緒にいますからね。

 

それぞれの人生のストーリーに耳を傾けて、その人の個性を引き出せる介護が理想だと思います。そういう意味では、介護って絶対にマニュアル化することはできないんです。だから難しいし、大変ではありますが、やりがいも感じます。

 

――一方で、悪い介護もあるということでしょうか。

 

そういった個性がいっぱいある空間で、画一的なケアをするのは好きではないですね。みんな同じルールを決めて、何時に起きて、何時にご飯を食べて。趣味嗜好は違うのに、いかに効率よく時間通りに動かすか。そういう視点って、人をモノとして扱っているようじゃないですか。

 

認知症の方に対しても、こっちで勝手に「この人はいろんなことができなくなってしまった」と思いがちですが、その方が生き生きする瞬間というのがあるんですよ。たとえば、食事前にマイクを渡して、流暢な演説を始める元議員さんとか。

 

――その役割を発見するのが、介護職員としての仕事のひとつなんですね。

 

そうです。介護職員は演出家に近い。その人のストーリーを読み解き、状態を把握して、その人に合った役割を見つける。老人ホームに入居するときって、お年寄りの方のなかには「もう生きていくの嫌だな」「生きていてもしょうがないな」と考えている人もいます。ただ、介護職員のアプローチによっては、「もう一回ちょっと生きてみようかな」「がんばってみようかな」っていう気持ちを芽生えさせることができるかもしれないじゃないですか。

 

人は役を求めています。これまでの人生でサラリーマン役だったり、お母さん役だったりと、みなさんはさまざまな役を持って生きてきました。しかし、認知症になったり障害をもったりして日常生活が困難になり、だんだんそれまでの役割を担えなくなってきてしまった。でも、人って生きている限り、何らかの役割を持ちたいはずなんです。だから、老人ホームのお年寄りは、そういった役を求めている俳優みたいなもの。介護職員は演出家として、その人がワクワクする役を演出するのが大きな仕事になるんじゃないでしょうか。

 

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「老い」「ボケ」「死」――不条理な世界を受け入れる

 

――ただ、介護福祉士が人手不足だと、そういう「演出」まで目を向けるのは難しいですよね。

 

そうですね。人手不足になると余裕がなくなり、画一的なケアしかできなくなることもあります。もちろん、場合によって僕もそうしなければいけないときはあります。ただ、それが当たり前の慣習になっていたら、ちょっとまずいんじゃないな、と。流れ作業の介護になってしまっているのは、介護業界における根深い問題ですね。

 

――いまはまちづくりの活動もしていると伺いました。今後の展望についてお聞かせください。

 

「老い」「ボケ」「死」というものを、芸術文化の視点でとらえなおしたいですね。人間が生きている世界って不条理なものだと思っているので。芸術文化というのは、なんというか……不条理を受け入れるのが大きな特徴だったりするんですよ。でも、今の世のなかは効率や合理性を求めすぎている。

 

老いるというのはまさに不条理です。身体が動かなくなったり、物忘れが多くなったり、自分のなかに不条理なことが出てくるようなものなので、その老いを肯定するのは、現代社会とはまた別の芸術文化、不条理を受け入れる価値観がとても大切になってくる。まちづくりを通じて、そういう価値観を作り出せればと思っています。お年寄りも障害のある人も子どもたちも芸術文化によって楽しみながら支えあう場作りができたらと考えています。

 

――最後に、これから介護の仕事をしたいという方に向けてアドバイスをお願いします。

 

介護の現場というのは課題がたくさんありますが、それらをクリアして、人といい時間を過ごすことができたら、それは介護する人間にとって大きな希望になるはずです。というのも、老人ホームのお年寄りのほとんどは、歳をとると地位も名誉もなく、自分で財布も持っていない存在だから。そのステータスとは別軸で生きることになった人がこれから幸せをつかめるのって、僕らにとって大きな希望になると思うんですよね。地位やお金ではない、本当に大切なものを知ることができるかもしれない。そういう意味で、僕は多くの人に介護の楽しさを知ってもらいたいと考えています。

 

(文・取材:松尾奈々絵/ノオト)

取材協力:菅原直樹さん

俳優、介護福祉士。「老いと演劇」OiBokkeShi主宰。青年団に俳優として所属。小劇場を中心に前田司郎、松井周、多田淳之介、柴幸男、神里雄大など、新進劇作家・演出家の作品に多数出演。2010年より特別養護老人ホームの介護職員として働く。介護と演劇の相性の良さを実感し、地域における介護と演劇の新しいあり方を模索している。2014年より認知症ケアに演劇手法を活かした「老いと演劇のワークショップ」を全国各地で展開。OiBokkeShiの活動を密着取材したドキュメンタリー番組「よみちにひはくれない~若き“俳優介護士”の挑戦~」(OHK)が第24回FNSドキュメンタリー大賞で優秀賞を受賞。現在は奈義町アート・デザイン・ディレクターとして活躍する。

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