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「自分の仕事が好き」。心からそう言いきれる人は、どれくらいいるのだろうか? 単に賃金を得るための手段ではなく、人生を賭するライフワークとして仕事に打ち込む。結果、一般的な幸せやレールから外れることになっても、おかまいなしに没頭し続ける。そんな、少しはみだした「クレイジーワーカー」の仕事、人生に迫る連載企画。今回お話を伺ったのは、日本スタント界の重鎮・髙橋勝大(たかはし・まさお)さんだ。
子役として映画に出演し、気付いたときには「馬から落ちたり、崖から飛んだりしていた」という髙橋さん。以来、50年以上にわたって危険な現場に身を投じ、“いい画”を作ることに粉骨砕身。文字通り、命懸けで仕事をしてきた髙橋さんの、クレイジーな生きざまに迫る。
テレビ番組や映画のエンドロールで「タカハシレーシング」の名前を目にしたことはないだろうか? 1965年に髙橋さんが設立した、カースタント、ボディースタントを生業とする芸能事務所である。「スタントマン」という言葉が認識すらされていなかった50年前から役者の吹き替え*1として体を張り続け、業界の歴史を作ってきた。
後輩たちから「ボス」と慕われる髙橋さんは、その生きざま自体が伝説的だ。これまでに50~60本の骨を折り、生きているのが不思議なくらいのムチャもずいぶんやった。
命懸けで仕事をする。それはいったいどういうことなのか? その仕事哲学を聞く。
仕事哲学なんてないんだよ、まいったなあ」と照れるボス。しかし、いざ口を開けば金言だらけ、学びだらけのインタビューとなった
── 髙橋さんは子役出身で、3歳の頃には舞台に立っていたとか?
髙橋さん(以下、敬称略):はい、うちは芸能一家でね。父や母は歌舞伎関係で、長女は女優、兄は殺陣師です。僕も子どもの頃から白く顔塗って舞台に出たり、映画に出演したりしていました。でも、当時はそれが嫌でね。怒られるから仕方なくやっていましたけど。
── なぜ嫌だったんでしょうか?
髙橋:自分じゃない役を演じなきゃいけないっていうのが、どうにも性に合わないんですよ。でも、その一方で目立ちたがり屋でもあった。自分は「演じる」よりも、もっとすごいことができるんだ、人が真似できないことをやってやる、という自信もありましたね。
── それがスタントだったと。小学生の頃からすでに吹き替えをやっていたそうですね。
髙橋:当時は仕事っていう感覚では全くなかったですけどね。兄が新東宝の殺陣師なもんで、映画のアクションシーンの構成を担当するわけですよ。で、“そういうシーン”があると僕を小学校に呼びに来る。馬で走ったり、川に落っこちたり、崖を転がったり、二階から飛び降りたり、いろいろやらされた。でも、学校で勉強するよりおもしろいから、喜んで行きましたね。
── 当時から運動神経は良かったんですか?
髙橋:身は軽かったですね。今だったらオリンピックを目指していたかもしれない。中学生の時に鉄棒で大車輪をやってたら片手がすっぽ抜けて、そのままくるくる回転して着地した。何十年かあとに当時の先生から「あれ、ムーンサルトだったよな。塚原(※塚原光男。元体操オリンピック金メダリスト)よりお前のほうが先だったな」って言われましたよ(笑)。あと、部活は水泳と陸上と体操とサッカーを掛け持ちして、全部の部長をやっていました。
── 体を動かすことが、そもそも好きなんですね。
髙橋:好きだし、肉体を使うことに関しては誰にも負けたくないという思いもありました。僕はずるくて、誰も見ていないところで人の何倍もトレーニングをやるんですよ。たとえば水泳の部活が終わって、みんなでプールの鍵を用務員さんに返しにいくじゃないですか。でも、みんなが帰ったあとに僕はこっそりおじさんのところに戻ってまた鍵を受け取って、ひとりでひたすら泳ぐわけです。だって人と同じことやってたら勝てないから。もうずっと、そんなふうに負けん気だけで生きてきましたね。
生まれつきなのか、幼いころから武道をやっていたせいか、同年代では常にズバ抜けた身体能力を誇った。なお、空手、柔道、剣道、合気道、弓道など、持っている段位を合わせると二十八段にもなるという
── 最初はお兄さんに連れられ現場に行き、仕事という感覚もないまま始めたスタントを「自分の職業」として意識するようになったのはいつごろですか?
髙橋:それはいつの間にかそうなっていただけで、どこかで改まって「これを仕事にしよう」と決意したわけでもない。それに、この世界で有名になりたいとか、日本一になりたいとか、そういう野心はまるでなかったんです。
── しかし、それでも髙橋さんはずっと業界の第一線を張り続けてこられました。そこに至るまでに成長できた、きっかけのようなものはあったんでしょうか?
髙橋:それはもう、いろいろな人のご縁があって、本当にたくさんの良い出会いに恵まれたおかげなんです。特に若い頃、素晴らしい大人たちが僕を成長させてくれました。
── それはどんな出会いですか?
髙橋:挙げればキリがないけど、たとえば、僕に馬の調教を教えてくれた井上先生。17歳のときに『戦国群盗伝』というテレビ映画で私がスタントと馬術指導をやらせてもらうことになり、京王乗馬会の井上先生に師事したんです。この先生が、馬の手入れに関してはとにかく細かくて厳しくて、いつかぶっ飛ばしてやろうと思ったくらい(笑)。
── でも、その教えが糧になったと?
髙橋:はい。僕が調教師として馬を扱うようになったときに、先生のおっしゃっていたことがいかに正しくて素晴らしかったかを痛感しました。たとえば、「飼い葉の藁は約3センチ以下に切りなさい」とか「馬の足はちゃんとタワシで擦ってきれいに洗え」とか、蹄鉄を洗い馬のひづめに蹄油を塗るときは「毛が生えているところから指二本分は塗っちゃだめだ」とか、いちいちうるさかった。でも、足をきれいに洗ってあげないとひづめの病気になってしまうし、一つひとつにきちんと理由がある。プロとしてあるべき細やかさを学びました。
── そういう良き師との出会い、成長を経て、スタントマン髙橋勝大が少しずつ形成されていったわけですね。
髙橋:ご縁というのは、一つひとつの積み重ねなんですよ。まずは一つの縁を拾うところから始め、二つ、三つ、四つと重ねて、やっと「五(ご)縁」になる。そのご縁がね、今度は円になって広がって、さらにいいご縁がたくさんくるようになる。だから、最初の一縁(いちえん)をどこで拾うかが大事だと思うんですよね、人生って。
── ただ、そうはいっても危険で過酷な仕事です。ケガも絶えなかったんじゃないですか?
髙橋:そうですね。痛い、熱い、寒い、怖い。ひたすらそれの繰り返しです。擦り傷切り傷は絶え間なく、骨折、火傷……常にどこかしらをケガしている状態でした。僕のレントゲン見たら、きっとびっくりしますよ(笑)。だけど、痛くても痛くないフリをしてやる、それが男気みたいな商売ですからね。複雑骨折した足で3メートルの高さから飛び降りたこともあります。ギブスはできないから湿布だけ貼ってね。
── 話を聞くだけで痛いです。昔の現場は特に過酷だったとも聞きますが……。
髙橋:過酷というか、ムチャをやってましたね。安全管理もいい加減だった。2階の窓から飛び降りるのに、体育館にあるようなマット1枚敷くだけでしたらね。車から車に飛び移るシーンも、本当に時速70kmのスピードでやっていたし、オートバイの横転シーンも半そでシャツに指が出たグローブでした。撮影のたび、必ず血を流していました。
火薬玉の誤爆で指先が5mmくらい吹き飛んだこともある。爆破の破片が散弾銃のように腹に突き刺さり血だらけになったことも。「このまえポリポリ腹をかいてたら、そのときの破片が十数年ぶりに出てきましたよ。まだいっぱい入っていると思います(笑)」
── 今こうしてご無事なのが不思議なくらいですね。
髙橋:だけどまあ、これだけいろんなことをやったわりには、僕はケガが少ないほうだと思いますよ。それはやっぱり、痛みを知っているから、次はその痛みを少しでも軽くするためにどうすればいいか考える。その繰り返しで観察力や洞察力も鍛えられて、ケガを回避できるようになるわけです。洞察力が鋭くなると、「ここまでは平気」っていうギリギリのラインを見極められるようになるんですよ。たとえば火の中に飛び込むシーンでも、火ぶくれにならない限界のところが分かってくる。それは、ケガを回避しつつ、“より攻めたスタント”ができるようになるってことでもありますね。
── 逆に、判断を一歩誤れば命取りにもなりそうです……。
髙橋:でも、そこはやっぱり期待に応えたいから。たとえば昔はスカイダイビングのスタントをよくやっていたんですけど、パラシュートって上空1000メートルくらいで開かないといけないんです。でも、あまり早くパラシュートを開くと風に流されてターゲットにピンポイントで着地できない。だから僕はギリギリのところまで攻める。500~600メートルまで頑張っちゃうわけです。他にも、10メートルの高さから落ちるシーンだったら、さらにその上の15メートルからいくとかね。少しでも長く撮れれば編集でいろんな使い道がありますから。同じ危険を冒すなら、少しでも迫力のある「いい画」を残したい。そのためには、「腕の一本や二本くらいはいつでもいいよ」という覚悟でやっていました。
雑誌の取材でスタントを実演したときのこと。崖の上から下に置いてある車の上を飛び越えるスタントを「マットなし」で慣行。仲間が長いロープをジグザグに持ち身体を受け止めようとするも、地面に頭からダイレクトに着地。そのまま気絶したという……
── 髙橋さんが仕事をする上で「大切にしていること」を教えてください。
髙橋:「徹底的に準備すること」ですね。それは日々の鍛錬、身体を鍛え、技を磨くこと。さらには、一つひとつの現場に臨む際の準備です。たとえば朝7時入りのカースタントだったら、僕は朝5時台には入ります。そこで台本を読みながらシミュレーションするわけです。現場の状況を把握して、どうすれば「いい画」を撮れるか考える。そしたらあとはみんなが来るまで車で寝て、時間になったら何食わぬ顔で合流する。
── まるで「いま到着した」みたいに出ていくわけですね
髙橋:そうです。その上で、監督にカット割りやコンテを提案する。「今日はグラウンドのコンディションがよくないから粉塵が立ちやすい。だからカメラをローアングルにして、車のケツを滑らせてレンズにほこりをぶつけるようにしましょう」とか、さもその場で思いついたかのようにね(笑)。そしたら、「こいつは何かスゴイやつだ」ってなりますよね。前もってシミュレーションしておくことが、先手必勝につながるわけです。まあ、中学の水泳部の時みたいなずるいやり方なんですが、とにかく準備にしても何にしても人が10しかやらないところを20やる。それは常に意識してきました。
髙橋:他には、「なんでもできる」ってことも重要ですね。僕はスタントが本職ですが、照明や大道具、火薬の取り扱いなど、撮影にまつわる一通りのことはできます。なんでもできるってことは、スタッフみんなの気持ちをちょっとずつ理解できるってことです。気持ちを理解できれば、たとえば照明さんのコードを踏まないように前もってコース上からどけておくとか、ちょっとした気遣いができる。いちいち「どけといたよ」なんて言ったりはしません。そこは向こうも分かっていて、ちゃんと仕事で返してくれるから。
── 阿吽の呼吸というやつですね。
髙橋:それに、なんでもできると視野が広がるんです。馬も乗れる、バイクも車も乗れる、飛行機も飛ばせる、泳げる、全てにおいて自信がある、現場で何を言われても常に対応できる状態でいれば、精神的にゆとりが生まれます。逆にアレは苦手だ、監督にこんな要求されたらどうしようなんて考えてたら、アイデアも出ないし、いいパフォーマンスも発揮できない。だから、なんでもできる、なんでも知っているってことはすごい武器になると僕は思っています。
「僕はすごく神経質で臆病なんです」と髙橋さん。だからこそ、危ないことを少しでも安全にやるための最善を尽くしている
── では最後に、これからチャレンジしたいことを教えてください
髙橋:スタントとか芸能に関してのチャレンジはやり尽くしてしまったので、あまりないんですよね。だから、これからは違う道を模索したい。今やりたいのは、中高年向けに車の楽しさを改めて広めていくこと。車といかに「楽しい友達」として付き合っていくか、イベントなどを通じて伝えていきたいと思っているんです。静岡県の裾野にタカハシレーシングの特設コースがあるので、そこで楽しく運転してもらうとかね。オプションで爆破のサービスつけたりして(笑)。そういう体験をすると、また違う自分を発見できると思うんですよ。
取材・文:榎並紀行(やじろべえ) 編集:はてな編集部 撮影:小野奈那子
取材協力:髙橋勝大
1947年生まれ。 カースタント(二輪・四輪)をはじめ、組み手・剣術などのボディースタント、劇用煙火操演、劇用馬術の調教、馬術スタント、ワイヤーアクション、潜水・船舶操演などを通じ映画、テレビ、各種イベント、WEBCMに多数出演。 日本に『スタントマン』という言葉を定着させたパイオニア。
タカハシレーシングWebサイト
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