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写真の生物は知床沖で捕獲した「オオカミウオ」。こうした珍しい生物を各地で捕獲し、その生態などをレポートしている
人類史上初の“仕事”は何か。野山を駆け、海へ潜り、対価としての獲物を得る狩猟採集は、その最たるもののひとつであろう。あまりに原始的だが、狩猟採集は21世紀の現在においてもなお脈々と続いている労働である、と言っても過言ではないだろう。
今回はあまり知られていない「生物を捕獲する」という原初のビジネスに詰まっている、現代の仕事に活かせるエッセンスを紹介したい。
偉そうなことを語る前にまず自己紹介からさせていただくと、私は「生物専門のフリーライター」を生業としている者である。
幼少の頃から動植物を愛好しており、将来の夢は当時から一貫して「世界中の珍しい生物を捕獲して回り、本を書くこと」であった。しかし、当然そんな都合のいい仕事ができる企業や職場は残念ながら存在しない。となれば仕事そのものを創り出すしかない。
というわけで、大学院生時代に就職活動を切り捨て以来ずっと「生物ライター」という肩書きをでっち上げている。各地で面白い生物を捕獲して回り、ターゲットとなる生物の生態やハントの過程を書籍や雑誌、ウェブ上で公開して原稿料を得る仕事である。執筆の合間には取材での経験を活かし、講演やテレビ出演などもこなし生計を立てている。「好きなことを仕事にする」をド直球ゴリ押しで実現させたカタチだ。なお、偉そうに語っている割に稼ぎはあまり良くない。
私の取材対象、すなわち捕獲ターゲットは顕微鏡サイズの微生物から巨大魚やワニまで、さまざまである。
「ハブクラゲ」などの危険生物もターゲット。なぜそんなものまで? とよく聞かれるが、「好きだから」としか言いようがない
当然、それぞれ生息地も違えば、捕獲するために使用する機材も異なってくる。しかしながら、小さな虫であれ大きなサメであれ、捕獲に至るまでの基本的な流れは共通している。ターゲットとなる対象を徹底的に調査し、知ること、つまり「研究」することである。
捕獲するにはまずその対象について情報を集めるところから始めなければならない。捕獲には生息地から行動パターン、食物まであらゆる要素を把握し「研究」しておくことが必要なのだ。
例えば、昆虫採集。少年時代には、汗と鼻水を垂らしながら夢中でカブトムシやクワガタを追いかけていた夏休みがあった人もいるはず。例えば、クワガタを採るにはどうしていたか……? 基本的には、夏休みに早起きして、雑木林に行って、樹液が出ているクヌギの木を見回る。それだけ。それだけではあるが、そこには間違いなく生物学的な研究が存在している。
成虫が夏季、しかも夜間や早朝に活動するという知識は、クワガタの生活史(生物の一生における生活のありさま)、生態学に基づくもの。クヌギの樹液を好むという食性、そしてクヌギが生えているのは雑木林であるという植生に関する知識。こうしたクワガタに関する多面的な知見にいつのまにかどこかで触れていたからこそ、実地で有意義な試行錯誤ができ、捕獲に至るわけだ。捕まえた昆虫の種類を帰宅後に図鑑で調べるのも、分類学的研究と言える。これは、田んぼのミジンコから深海の巨大魚に適用される大原則である。
初手となる情報収集の源は、書籍だったりネットだったり、あるいは現地の方々への直接の聞き込みだったりと多岐にわたる。だが、その全てを鵜呑みにせず、疑いながら扱うことが肝心である。特にネット上に転がっているモノに顕著であるが、世の中には誤った情報や机上の空論が溢れかえっているためだ。だからといって情報収集ばかりに捕らわれてしまいフットワークが重くなるのも愚の骨頂。結局、最後にモノをいうのは実際に起こす「行動」であり、その足でフィールドに立って初めて開ける展望というものが確実にある。
基本は情報の精査、そして実践。これは、生物捕獲にもビジネスにも共通する要点ではないか。有象無象の資料ばかり眺め、ひとりで悩んでいては仕事だってハントだって、何も進展はないのだ。
ハンティングを長年していると、人間の機微も野生動物のそれも、かなりの部分が共通していることに気付かされる。故意であれどなかれど、怒らせれば攻撃されるし、一度仕留め損ねて警戒されれば、再び相まみえることは格段に困難になる。どんなにこちらが真剣に求めても、思うようにいくとは限らない点も一緒だ。
ハントでも、人付き合いでも相手を懐柔するためには、初めて対峙した相手を異様に賢い獣として扱うべし。ハンティングから得られる経験は、時に人に対しても応用が効くのだ。
ハンティングというと、単身で野生動物を相手にするサバイバリスト、あるいは世捨て人的な活動をイメージされがちである。しかし、野生動物を捕獲するにあたってもっとも重要になってくるチカラは体力でも精神力でもなく、意外にも「コミュニケーション能力」なのだ。
まず、リアルタイムな情報収集として、国内外を問わず現地で暮らす人々への聞き込みや協力要請は必須となる。ターゲットの目撃例を洗うのはもちろんだが、立ち入り禁止地区の把握など書籍やネットでは知り得ない細かなローカルルール、その生物にまつわる文化や伝承を聞き出すのは重要な作業である。基本的に聞き取りを行う対象のサンプル数は多いほどいい。宿泊先に自宅を提供してくれたり、現地の有権者に取次いでくれたりと思わぬ協力者を得ることも少なくない。一人で散々悩んで行き詰まったところでこぼした「すみません、ちょっとお尋ねしたいのですが……」の一言で、いとも簡単に道が開けた経験は少なくない。
千葉で捕らえた「カミツキガメ」。地元民の目撃情報を参考に生息地と捕獲方法を絞り込んでいった
深海の巨大魚「アブラボウズ」。深海生物を採るには基本的に沖合へ出る必要があるので、船を出してくれる漁師や遊漁船の協力が不可欠
相手が強面でも、言語の壁があったとしても、勇気を持って話しかけるコミュ力は極めて重要なのだ。
さらに、単身ではどうしても捕獲できない生物が存在する。船や漁業権が必要になるケースでは漁師の方に協力を仰がなければならない。海外でジャングルに潜る時も安全確保のため、土地勘のある地元民を雇い、規格外の大型生物を相手にする際も多人数のチームを編成して挑むことになる。
地元の漁師たちと組んだチームで捕獲した巨大なエイ「プラークラベーン」
沖縄で遭遇したワニガメも友人とタッグを組んで捕獲した。こういう大型生物は労力や難易度の問題だけでなく安全面から見ても単身での捕獲は避けるべきである
初対面の人たちと打ち解けるためにも礼節と協調性は最低限身に付けておかなければならない。
一方で、チーム戦とは対称的にたったひとりで黙々と捜索するケースも多々ある。私の場合はむしろこちらのケースの方がずっと多い。誰に褒められずともストイックに孤独な作業を楽しむ能力も不可欠なのだ。
何度も、孤独に石垣島の藪をさまよい続けてようやく捕らえた「グリーンイグアナ」
これは何もハンティングに特有の傾向ではなく、ビジネスシーンにおいても同じことが言えるはずだ。一人きりでなんでも背負い込む人はいずれ潰れてしまうだろうし、かといって人が見ていないところで努力を怠る者には大きな仕事は成せないだろう。「コミュ力」と「孤独力」。これもまたハンティングでもビジネスでも欠かせない能力であると考えている。
ところで私は国内外のあちらこちらで珍しい生物を捕獲してきた。その中にはペットルートで高額な取引される生物も多数含まれている。もしそれらを逐一持ち帰り、その道のマニアたちに販売していればそれなりの稼ぎにはなっただろう。チマチマと記事を書いているのがバカらしくなるくらいの収入にはなったはずだ。
しかし、それは実行しないというポリシーが私にはある(※研究機関や水族館などに依頼され、『意義がある』と判断した場合は捕獲を請け負うこともあるが)。
例えばオーストラリアで捕まえた「ヨロイモグラゴキブリ」。ゴキブリのくせして1匹ウン万円で取引される高額昆虫
沖縄で捕まえた大型の「ヤシガニ」。これも観賞用としてあるいは食用としても非常に高値で取引される。が、撮影後にリリース。意地でも売らない!
その理由は、私のような素人による安易な採集販売は乱獲を助長する恐れがあること。また長期的な視点で見た場合、目先の小金に惑わされず自身の適正に合った仕事を積み重ねて極め、先々のより大きなビジネスにつなげる方が有意義だと考えているためである。
単純に、採集した生物の販売が悪だと言っているわけではない。そういうセンシティブな仕事は「カネになるから」と安易な動機で手を出すべきではなく、誠実な職業倫理と責任能力を併せ持ってその道に臨むプロに任せるべきだと考えているのである。
一口に生物を捕まえる仕事、と言ってもマネタイズのスタイルはさまざまであり、各人にポリシーと適性があるはずなのだ。
例外も。沖縄県が研究用に買い取り事業を展開している外来種「タイワンスジオ」は買い取ってもらった。1匹5,000円なり
社会と環境への貢献を意識し、理念とポリシーを持つことはどんな職業であっても重要なことではないだろうか。
繰り返しになるが、私は以前より生物の捕獲と観察あるいはその延長としての試食を趣味としており、現在はそれが仕事になっている。
大都会・香港のドブに潜んでいた大ナマズ「クラリアス」。本来は美味しい魚だが、劣悪な環境で育ったため肉は石油製品風味。出汁は高度経済成長期の香りがした。生息環境は生物の肉体をこうも変えるものかと驚かされた
「好きなことを仕事にする」とは聞こえのいい言葉だが、実際にはなかなか苦労する部分も多い。
単なる趣味の延長、ひとりよがりで留まっては仕事として成立しないのが現実。仕事が仕事たり得るには、「社会への貢献」という要素が不可欠であると考えている。いかに自身の知識や経験を社会の役に立てるか、人の将来につなげるかを考えなければならない。私の場合は、生物をエンターテイメントとして紹介することで間口を広げ、環境問題や生物学に関心を持ってもらうことを活動の根底に据えている。
これが意外に難しい。書き方のニュアンス次第で、題材とする生物に対する読者の印象は、こちらが予想する以上に大きく変わってしまう。
例えば、エンタメに振り切りまくったセンセーショナルな記事にすれば簡単に大きな反響を得られるが、それは題材となる生物への誤解を世にばら撒く可能性がある。それも小銭稼ぎの手段としては一つの正解なのかもしれないが、「仕事」と称するにはあまりに低俗な策である。
メディアで危険生物として報じられることが多い巨大な淡水魚「アリゲーターガー」 。実際には人を襲ったという記録はない
私にとって自然とそこに暮らす生物は取引先同然の存在である。私は記事のネタをもらう代わりに、環境問題の解決に将来取り組んでくれるやもしれない研究者を育てる(過程の一端に協力しているつもり、というだけだが……)ことで両者の取引が成り立っている。取引先に敬意を払うのは当然のことで、それを欠いた瞬間に二度と一緒に仕事ができなくなってしまうのだ。
また、「事実を捻じ曲げずに伝える」という行為は自身にもメリットをもたらす。捕まえて、観察して、時には食べる。その過程で学んだことを咀嚼反芻した末に、記事として一度アウトプットすることで、初めてその知識を自分自身のモノとして深く脳と心に刻み込むことができる。ずっと忘れないし、理解も深まる。その深い知識は大きな財産であり、必ず以降の仕事で役に立つ。「知った」ことで満足するのではなく、誰かに「伝える」「教える」ことで身に付け直すという行為は、ライターに限らずどんな職についている人にとっても役立つルーチンなのではないか。
……なんてことを南の島の洞窟で、この原稿を書きながら考えています。目当てのゴキブリがまだ見つからないので、今回は赤字を覚悟しなければいけないかもしれない。
著者:平坂寛
「五感を通じて生物を知る」をモットーに各地で珍生物を捕獲しているライター。生物の面白さを人々に伝え、深く学ぶきっかけとなる文章を書くことを目指す。主な著作に『外来魚のレシピ〜捕って、さばいて、食ってみた〜』『深海魚のレシピ〜釣って、拾って、食ってみた〜』(ともに地人書館) 『喰ったらヤバいいきもの』(主婦と生活社)
HP:平坂寛のフィールドノート
twitter:平坂寛 (@hirahiroro) | Twitter
(編集:はてな編集部)
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