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「好きなこと」を仕事にする方法〜日本で未知の仕事を「職業」にした、メディカルイラストレーター tokcoさんの挑戦〜

「好きなこと」を仕事にする方法〜日本で未知の仕事を「職業」にした、メディカルイラストレーター tokcoさんの挑戦〜

「好きなことを仕事にしたい」と思う人は多い。しかし、「好きなことは趣味で終わらせるべき」という意見もあれば、「好きなことだからこそ、仕事にすべき」という声もあり、戸惑ってしまう。ここは、実際に「好きを仕事にした人」の話を聞くべきであろう。
「メディカルイラストレーター」という職業をご存知だろうか?人や動物の器官や機能、手術の方法など医療の難しい内容を分かりやすくイラストにして伝える仕事だ。この道で11年間活躍し、民放テレビ局の取材も受けたりと、自ら発信を積極的に行い、業界を盛り上げる女性がいる。その名は、tokcoさん。株式会社LAIMANの代表(Top
Artist)を務める彼女は現在、日本で獣医師国家資格を持ちながらサイエンス/メディカルアーティストとして活動する唯一の存在である。
そんなtokcoさん自身も、なかなか仕事の価値を認められなかった時期があり、ようやくスタート地点に立っている状態だと話す。今まさに「好きを仕事にしている」tokcoさんは、どのように自分の仕事の価値を高め、仲間や賛同者を集めていったのか。その仕事術を聞く。

「本物を見せる」ことが、未知なるものへの理解につながる

――まずは、メディカルイラストレーターの現状について教えてください。tokcoさんは、どのように考えていらっしゃいますか?

tokcoさん(以下、敬称略):日本はマンガ文化ということもあり、絵の上手い人が多いことで、日本のメディカルイラストレーターは、「できるだけ安くて良いものを描いてくれる人」が求められる傾向にあります。特にメディカルイラストレーションの世界は、戦後にとても良い本が海外から入ってきて、それがあまりにもよくできていたから、わざわざ日本で新しい本が作られていなかったんだと思います。そういったことが原因かどうかはわかりませんが、メディカルイラストレーターの地位が今も海外と比べてあまり高くないという状況があります。

―― 「海外と比べると遅れている」ということでしょうか。

tokco:そうですね。でも、近年メディカルイラストレーターにとっては良い流れもあるんです。今はメディカルやサイエンス分野の情報量が増えたこともあり、「アウトリーチが重要である」という動きが世界的にあります。「研究者や医者も、自分たちの活動を対外的に分かりやすく伝えるべきだ」という考え方ですね。そのため、ここ5~6年は論文の中でもイラストの重要性が上がっています。
最近は日本でも、「学会でのプレゼン資料や、論文の中のイラストは、メディカルイラストレーターに絵を描いてもらうべきだ」という声が増えていますが、依頼主がどこからその資金を捻出するかが壁になっています。「ポケットマネーで」という個人の先生もいらっしゃいますが、全体としてはまだ少数です。

―― ところで、tokcoさんはどのように自分の仕事の価値を上げていったのでしょうか?

tokco:「本物のメディカルイラストレーションを見せること」に尽きます。そもそも、皆さん本物を見たことがないので、ちょっと絵が上手い人や友達に描いてもらって、「これで良いかな」と思ってしまうんですよね。自分よりは上手く描けているだけで満足してしまうことも多いです。
でも、身近な人が描いたものとは圧倒的に違うものを見せると、それを必要とするお医者様やメーカーの方が増えていったんです。まだまだ日本で知られていないメディカルイラストレーターの仕事は、形を見せないと価値が伝わりにくいんですよ。

―― スキルの差を実際に見せるということですね。

tokco:いろいろな人に、「メディカルイラストレーターは絵が上手いだけじゃだめなのか」とよく聞かれます。確かに美術大学や芸術大学の出身者に手伝ってもらうと、写真を上手く描くことができたり、早く描けたりする人もいますが、メディカルイラストレーターは写真をそのまま描くのではありません。手術や研究中で「何が重要か」を聞き、頭の中でいらない情報を省いた上で、イラストにしていく必要があるのです。

―― 情報の取捨選択など、いくつものプロセスがあるんですね。

tokco:そうです。例えば手術の写真を見て、「ここに皮や筋肉が被っているけれど、それらが取れた状態を分かりやすく描き直す必要がある」という場合もあるのです。いらないものは省き、必要なものは強調する。これにはイラストを描く技だけでなく、医療の知識も必要なんですよ。しかもその手術のイラストは、「誰に見せるか」によっても、どう描くのかが変わります。

―― イラストの表現方法は、どのような基準で変えるのでしょうか?

tokco:その絵を見る対象者が、子どもなのかお年寄りなのか、専門家なのか、専門家の中でもどの科なのかで変わりしますね。実際に手術室に入って、実物を見ることもあります。獣医領域もありますし、人のオペにも入りますね。

―― イラストを描く際にも、すごく手間をかけていらっしゃるんですね

tokco:最終的な作品は一枚の絵ですが、完成するまでには先生の話を聞いて理解する、オペを見て理解する、オペで何をして何を使い、どの過程・段階が大事なのかを全て考えた上で、イラストを制作しています。メディカルイラストレーションは、実は奥が深い世界です。

人は行動を見て応援してくれる。tokcoさん自らが「捨て駒」となり、挑戦したこと

―― メディカルイラストレーションの世界は奥が深く、時間も知識も動員して行う仕事だということがわかりました。ところで、tokcoさんはどのようにして、周りにメディカルイラストレーターという仕事の価値を認めてもらえるようになったのでしょうか?

tokco:私は、この業界の「捨て駒になろう」と思って動き出しました。数年前に「この業界は足の引っ張り合いをしているのではないか」と思ったんですよ。でも私は獣医師の資格を持っていたので、少し語弊があるかもしれませんが、「万が一メディカルイラストレーションでうまくいかなくても、何とかなるだろう」という、いわばもう一つの道がある状態でした。
だから、この業界を盛り上げるために「捨て駒になろう」という勇気を持てたのです。あとは、私がもともと同業者にライバル意識を持っていなかったことも大きいかもしれません。

―― 「捨て駒」として、どのように行動したのでしょうか

tokco:価格交渉、契約書など「今まで立場の弱いイラストレータ―がやってこなかったことをやってみる」と心に決めて、お金も時間も体力も限界まで振り絞って突き進みました。そして、若手と情報交換する場を作っていったんです。すると、抱えている悩みがみんな一緒だったんですよ。仕事が欲しいから価格競争をして、自ら価格を下げてしまっていたんです。専門性の高い仕事ですら、信じられないぐらいの破格で請け負っていた人もいました。しかも、「クライアントに面倒くさがられるから、契約書は作らない」といった空気もありました。
この状態を変えるために、ひたすら値段を適正なラインに上げたり、契約書をきちんと作ったりしたんです。

―― 請け負う側という立場から、なかなか勇気を出して言えなかったことを、tockoさんが率先して動き、変えていったんですね。

tokco:それにより、私の会社はべらぼうに高いという噂が広まってお客さんが減った時期も確かにありました。でも、私の挑戦をみんなが見ていてくれたんです。だから、その人たちは今も信頼してついて来てくれるのだと思います。いつも助けてもらっていますね。
「変えたい」というだけでなく、好奇心もありましたよ。「海外に比べて、どうして日本のメディカルイラストレーターの立場は弱いんだろう」という疑問もあって、その答えを知りたかったんです。

―― tokcoさんは、「捨て駒」の状況を苦と思わなかったのでしょうか?

tokco:苦ではありませんでした。仕事がなくて描けない時期もありましたが、「今は種まき、下準備の時期だ」と思っていましたね。その準備期間に、「チーム制作」のスタイルを考えていたんです。仲間は共通して、「下請けの仕事では自分の価値が上がらない」と悩んでいましたからね。だから一人ではなく、チームで仕事をしたいとみんな思っていて、メンバーも揃ってきていました。

―― これまで一人で仕事をしていた人たちの足並みを揃えるのは、簡単なことではないと思うのですが……。

tokco:11年メディカルライターをしていると、どこかで仲間とはすでにつながっているんですよ。例えば今のチームで中核の人は、もう10年以上も前に、私の師匠のサマースクールで偶然知り合った人です。こうして長期間同じ仕事を続けていると、私の記事を見てくれたり、メディア媒体を見て問い合わせてくれる人もいます。人は人の行動を見て、応援してくれるようになるのだと思います。

チームで仕事をすることが、自分たちの価値を最大限にする近道だった

―― 一人でも仕事をすることができていた人たちが、チームになって集まる意味はどのようなところにあるのでしょうか?

tokco:チームの価値は、メンバーの「得意」を掛け合わせることで上がっていきます。単なる「絵」だけだと、価値が認められにくいんですよね。だからデザインやCG、アニメーションをパッケージにして提供するトータルプロデュースをするようにしました。

―― トータルプロデュースというと、具体的にどんなことをされたのでしょうか?

tokco:私は今まで、どこかの会社が契約を結んでいるプロジェクトの下請けや孫請けとして、「絵だけ」を描いていたんです。そうではなくて、直請けできる体制を整えました。それに合わせて、CGやアニメーションの技術力が高い人をチームに引き入れるだけでなく、ディレクションなどの上流工程をできる人も選ぶようになりました。

――価値を上げるために、「一人の仕事」から「チームでの仕事」に転換したんですね。

tokco:私の周りにいる、確かな技術力を持った人たちの能力を最大限に発揮してもらいたいと思ったんです。だから単にイラストの仕事を取るのではなくて、プロジェクト単位の案件を取るようにしました。

――いかに仕事を請けるかも、仕事の価値を上げる方法なんですね。

tokco:私は、メディカルイラストレーションの横展開も現在考えています。今までは、専門家同士の論文や専門書の中のイラストを手がけることが多かったんですね。そこで培った専門性やスキルで、一般の人たちの目にも触れるような仕事もしていきたいと考えています。

――メディカルイラストレーターが活躍できる場は、学問の世界だけではなく、きっと生活の領域にもありますよね。

tokco:そもそもメディカルイラストレーターは、「難しい医学の知識を分かりやすく伝える存在」ですからね。例えば、患者の方や子どもの視点から見て分かりやすい説明は、価値があると思うんです。漫画家の方と組めば、より分かりやすく専門性があるイラストも作れるはずと思っています。

自分の利益よりも「人の役に立ちたい」。そんな思いが人との出会いや賛同を呼ぶ

――自然と自分の仕事の領域を広げる発想をしているかもしれないのですが、その考え方はどのようにして身につけたのでしょうか?

tokco:「身についている」のだとしたら、恐らく相談をする中で培ったのだと思います。医療の分野に限らず、あらゆる分野でお仕事をされている方や経営者などにも相談しました。自分が知らない分野の方のアドバイスは自分では全く気付けないものが多く、とても学びになりました。

――印象に残っているアドバイスはありますか?

tokco:「イラストは、最も『優しい』伝達ツールだ」と教えてくれた人がいます。イラストは、言語も国も年齢も関係ないんですよ。そこから日本だけでなく海外にも目を向け始めたり、医療の外の領域への関心も高まりました。自分たちの「本当の価値」は、自分たちではなかなか気付けないんですよ。

――応援してくださる方がいらっしゃるんですね。

tokco:応援してくださるとすごい嬉しいですし、辞められなくなりますね(笑)。

――アドバイスをくれる人との出会いは、どのように作っていくのでしょうか?

tokco:私は、人からの紹介でどんどん会っていきました。ここまでたくさんのかたに応援してもらえるのは不思議な気持ちもありますが、一つだけ思い当たることがあります。私はよく「tokcoさんは、自分の収入など、目先のお金のことを考えていないよね。社会貢献が視野に入っている」と言われるんです。きっと、私の「メディカルイラストレーションは絶対に必要だと思うんです」という思いや、「私が人の役に立てることはこれしかないんです」という一生懸命さを皆さんが汲み取ってくださっているのだと思います。

――目先の利益よりも先を見据えて考えるその姿勢に、周りが賛同してくれているのですね。

tokco:私は、一つの会社の経営者でもあります。利益を出さないと会社が回っていかないから、「価値をしっかり認めてもらいたい」という意識ももちろん持っています。でも、その基盤にあるのは「人の役に立ちたい」という思いなんです。この思いで10年以上も続けていると、さすがに「誰か紹介してあげようかな」と声をかけてくださるのだと思います。

――「自分のため」ではなく、「誰かのため」という思いを持つこと、その意識を持ち続けることで、周りに人が集まってくるんですね。

tokco:私も後輩にそういう人がいたら、やっぱり応援したくなりますよ。業界のために「自分たちの価値を下げる仕事は請けない」と決めていたが故に、仕事が減って苦しい時期もありました。「そろそろ辞め時かな」と思っていると、テレビ取材が入ったり、新たな仕事が入ってきたりするんですよ。辞められないようにできているんでしょうね(笑)。

取材・文:取材協力:tokco

取材協力:tokco

株式会社LAIMAN Top Artist(代表) tokco
小学生のとき美術大学へ進むことを夢見るが、カーデザイナーの父にアートの世界の厳しさを知らされ一旦保留。動物好きを活かし獣医学科へ進み、生き物のからだのしくみを学びながらもいつかアートの仕事と融合させたいと考えていた。現在日本で獣医師国家資格を持ちサイエンス/メディカルアーティストとして活動しているのは唯一であり、特に解剖学を得意とする。

Twitter:@tokco_laiman
Facebook:株式会社レーマン - LAIMAN,Inc.
HP:https://www.laiman.co.jp/:LAIMAN

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