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常識を覆す「問題提起型デザイン」~建築家が見据える時代の先~|至高の無駄知識(寄稿:ロンロ・ボナペティ)

常識を覆す「問題提起型デザイン」~建築家が見据える時代の先~|至高の無駄知識(寄稿:ロンロ・ボナペティ)

利益を追い続ける社会の中では、有益なものに時間を費やすことが正しく、利益に直結しないものは無駄であると言われがちである。しかし、一見すると「無駄」と言われてしまうものの中に、実は新しい発見や有益となり得る知識が存在するのではないだろうか。

多くの人が通り過ぎてしまう無駄知識の中に希少な価値を見出し、その分野を極めし方々に、人生を豊かにする「無駄知識」を紹介してもらう連載企画「至高の無駄知識」。今回は、建築の面白さを広く分かりやすく伝える建築ライターのロンロ・ボナペティさんに、「問題提起型デザイン」と呼ばれる建築家の思考法を紹介していただき、ビジネスに役立つ建築の見方を執筆いただいた。

その土地の風土や歴史、文化を反映してつくられた建築を知ることは、世界との接点を増やしてくれ、旅行や町歩きを楽しくさせてくれるだけでなく、多角的に物事を見る力を養うことにもつながります。

大学、大学院と建築の専門教育を受ける過程で、その魅力に気づかされていった私は、同期が建築デザインの道に進路を決めていくのをはた目に、建築の魅力を広めていくことを仕事にしようと考えるようになりました。

この記事では、世の中に「新しい暮らしのあり方」を提示してきた建築家の作品を通して、ビジネスに役立つ建築の見方をご紹介したいと思います。

課題解決だけではダメ 建築家の問題提起型デザインとは?

ひと口に建築デザインといっても、さまざまなフェーズや関係先があり、必要とされる知識やスキルも多種多様です。その中でも、ビジネスに役立ちそうな建築家の得意な思考法が「問題提起型のデザイン」と呼ばれるもの。

「問題提起」とは、世の中への問いかけです。

「こんな生活もあり得るのではないか、人間はこんな体験にも喜びを感じるのではないか」といった問いかけを建築に織り込んでいく。あるいは、これまで使われてこなかった新技術や新素材を導入し、新たな可能性を試してみる。

時としてクライアントの要望を超えた提案になりがちですが、自らの考えに共感してもらい、これまでにない新しい建築を生み出していくわけです。

そこには、「目の前のクライアントが抱えている問題を解決する『課題解決』だけでは世の中は改善していかない」という建築家の使命感があります。

「同じような悩みを抱えている人が世の中にはたくさんいるのではないか」といった確信をもとに、これまでの常識にはなかった新しい類型をつくり出す提案が繰り返されてきました。

私たちが快適な生活を送れているのは、建築家たちによる先鋭的な取り組みの積み重ねによるものと言っても過言ではありません。まずは、その最も典型的な例をご紹介しましょう。

世界に大きな影響を与えた巨匠の「ドミノ・システム」

20世紀以降の建築を語る上で、避けては通れない建築家がいます。

スイス出身で「近代建築三大巨匠」の一人に数えられる、ル・コルビュジエです。

2016年に世界遺産に登録された「国立西洋美術館」の基本設計を行った建築家として、ご存じの方もいらっしゃることと思います。

ル・コルビュジエの設計した建築は、現在の私たちの住空間にも直接その思想が反映されるほど、世界中に大きな影響を与えました。

全てが一品生産といわれ、二つとして同じものがつくられることのない建築の世界において、なぜそれほどの影響力を持つことになったのでしょうか? それは、彼が提示したある類型が関係しています。

ル・コルビュジエが建築家として活動を始めた当時、建築界は激動の時代でした。産業革命により都市部への人口集中が起こり、ヨーロッパの主要都市は劣悪な環境に置かれ、都市や建築の変革による衛生環境の改善が求められていました。

また、ヨーロッパの建築の根幹を成していた「様式」や「装飾」が、生活と直接関係のない不要物と見なされるようになり、新しい時代にふさわしいデザインが必要とされ始めたのです。

同時に、鉄骨や鉄筋コンクリート、ガラスといった産業革命後に生まれた新たな材料を使って、従来とは根本的に異なる構造で建築をつくれるようになった時代でもありました。

各国でさまざまな建築家が新しいデザインを考案していく中、ル・コルビュジエはある建築の原型を提示します。社会への問題提起として描いた、「ドミノ・システム」という1枚の絵でした。

ドミノ・システム

3枚の床を、外周に配置された6本の柱で支え、隅には階段が設置されている──。

現代では、子どもにも書けそうな簡素なものに見えてしまいますが、石やレンガを積み重ねて構造をつくり、華麗な装飾を施すことが常識だった当時の人々にとっては衝撃的だったと思われます。

この図は、建築を成り立たせるためには、人々の活動の場となる面と、それを支える構造体と、面同士をつなぐアクセスさえあればよい、ということをシンプルに示しました。

外周を壁で囲い、水回りなどの設備や間仕切りを設ければ住宅にもなりますし、縦に積み重ねていけばオフィスビルの完成です。現在の日本で見られる画一的な四角い外観の建物のほとんどは、このドミノ・システムの応用で建てられると言ってよいでしょう。

ル・コルビュジエはこのドミノ・システムを、単なる原型に留めず、実際の建築デザインに応用するためにより実践的な指針を示しました。

「自由な立面/自由な平面/水平連続窓/ピロティ*1/屋上庭園」をうたった「近代建築の5原則」です。彼は自ら考案したこの5原則を基に、実際の建築デザインを通してその有効性を証明していきました。

5つの原則全てを適用し、ル・コルビュジエの最高傑作とも評されるのが、フランス・パリに建つ個人住宅「サヴォア邸」です。

サヴォア邸

場合によっては、デザインに制約を与えてしまいそうな原則を用いて、こんなにも自由で創造性にあふれる空間を設計できることを示す作品となりました。

ル・コルビュジエの思想は、一方では効率的に均質な空間を大量生産し都市部の不衛生な環境を改善するための手段として、他方では新しい時代にふさわしいデザインの方針として、全世界的に受け入れられていきます。

日本の戦後復興期や高度成長期における急速な住宅需要に応えることができたのも、その遠因はル・コルビュジエにさかのぼることができます。

そう考えると、彼の影響力の大きさや、建築における「問題提起型デザイン」の重要性をお分かりいただけるのではないでしょうか。

住宅のパブリックとプライベートを逆転させた衝撃作

実際の建築デザインを通じて、社会に問題提起を行うル・コルビュジエの建築家としての姿勢はその後、建築家の一つのスタンダードとして定着します。

日本を代表する建築家の一人、山本理顕氏はインターネット社会の到来に伴う「家族」のあり方の変容を予見して、新しい住宅を提案しました。

1992年に岡山に建てられた個人住宅「岡山の住宅」は、従来の住宅建築とは根本的に異なる構成となっています。

一般的な住宅は、玄関から廊下やリビングなどのパブリック空間を経由しておのおのの個室へアクセスするのに対し、この住宅には玄関もなければリビングもありません。

中庭を中心に個室とキッチンが分棟形式で配置されているだけで、外部から直接それぞれの個室にアクセスするようになっており、個室を通らなければ敷地内に入ることができない構成です。

住宅におけるパブリックとプライベートを逆転させる、衝撃作として注目を集めました。

家族が地域社会を構成する単位として機能していた時代から、個人個人がインターネットや携帯電話を使って直接つながりを持つようになる。情報化社会に伴うコミュニケーションの変化に適応した、新たな住宅の類型を山本氏は示したのです。

同様の考え方は「岡山の住宅」以前にも、より規模の大きなプロジェクトにおいて展開されています。「熊本県営保田窪第一団地」のプロジェクトです。

ここでは、住民専用の中庭を囲むように住宅棟が建ち並び、住民たちは中庭を通り、おのおのの個室へ、そしてリビングへとアクセスするようになっています。

山本氏が社会に問うた新たな暮らしに説得力があったからこそ、実現したプロジェクトと言えます。

山本氏の一連の取り組みは、「nLDK」型*2の画一的な住宅とは違う、新しい類型を模索する動きとして日本の建築界全体に影響を与えました。

「洞窟のような建築を考えたい」学生に大人気のスーパースター

高度な文明が発達した現代に、原始時代の住まいに想いをはせることにどのような意味があるでしょうか。

最新技術を駆使した新しい建築がメディアをにぎわす中、より根源的な建築のあり方を考え直そうとする藤本壮介氏は建築界のスーパースターです。

アイデアさえあれば古代でも実現できたであろう、「ありそうでなかった」作品を次々に発表し、注目を集めています。

藤本氏は、人々の生活に合わせた住宅を機能的にデザインすることを「巣」作りにたとえ、「僕は巣ではなく洞窟のような建築を考えたい」と話します。

自然が生み出した形状を、自らの目的に沿って工夫して使わなくてはならない洞窟の不便さを、現代の暮らしに取り入れたいというのです。

便利で快適であることは、時に思考停止につながり、日常を味気なくしてしまいかねません。建築への主体的な関わりを現代に取り戻そうとする藤本氏の取り組みは、文化を超える普遍性を持ち、国内外問わず建築学生に大人気になっています。

その藤本氏がまだ建築家としての仕事がないときに思考実験として考案した「Primitive Future House」 は、1階2階とフロアを区切ることなく、高さ35cmという単位で細分化した住宅案です。

Primitive Future House

多数の細分化された床材の組み合わせが、ある場所では床として、あるいは階段として機能し、またある場所では椅子とテーブルとして使えるようになっています。
まさに洞窟の中の平坦な場所を選んで寝床にしていた古代の人類のように、人々は自らの目的に沿った適切な場所を見つけ出さなくてはなりません。

社会への問題提起として生み出された、クライアントのいないプロジェクトだった本作品は、後に実際の空間として実現することとなります。
熊本県に設置されたパヴィリオン、「Final Wooden House」は、「Primitive Future House」のアイデアを元に設計されました。
一辺4m四方の小さな立方体の中に、さまざまな長さに切断した35cm角の木材を積み上げただけの単純な原理で、多様な空間が生まれています。ちょうど「Primitive Future House」の一部を四角く切り取ったような形状です。 藤本氏のイメージする洞窟的な建築がどのようなものか、具体的なイメージを発信する機会となりました。

さらに2013年には、年に一度世界から一人の建築家が選定され、ロンドンに期間限定のパヴィリオンの設計を任される「サーペンタイン・ギャラリー・パヴィリオン」の設計者に指名されました。
彼は「Primitive Future House」の考え方をより大規模な空間に展開したパヴィリオンを設計し、その思想を多くの人に広く伝えることとなりました。

期間限定で設置されたこのパヴィリオンでは、数多くの人々が実際にその空間内を自由に歩き回り、非日常の建築体験にワクワクしたことでしょう。
藤本氏は現在では世界中に多数のプロジェクトを抱える、日本で最も注目される建築家の一人として活躍しています。

新たな仕事につながる? 社食を街に開放した建築事務所

建築業界にも、働き方改革や生産性の向上を考える動きが進んでいます。
日本の建築家ユニット・サポーズデザインオフィスは、一風変わった事務所を執務空間にしています。なんと事務所の一部を食堂として街に開放しているのです。
サポーズでは、特に忙しい時期には、パソコンで図面を描く作業をしながらコンビニのパンを食べる、といった食事風景が定番となっていました。少しでも勤務時間を充実させるために、この「社食堂」はデザインされているのです。

オフィスの中央にキッチンスペースがあり、片側が一般客向けのテーブルスペース、反対側がオフィススペースになっています。お客さんの少ない時間帯にはカフェスペースをミーティングスペースとして活用できる、流動的なデザインです。
打ち合わせに来た社外の人と一緒に食事をしたり、スタッフの友人を招いて食事会をするなど、食堂併設ならではのコミュニケーションも発生しているそうです。
代表の谷尻誠氏も、社食堂をつくったことにより「スタッフと話をする機会が増えた」と効果を実感しているとのこと。
事務所を自らの思想を反映した空間としてデザインすることで、打ち合わせに来たクライアントにも、建築の設計に付加価値を見出そうとするサポーズのスタンスが伝わります。結果、プロジェクトに対する認識の共有が自然と行われ、仕事がスムーズに運ぶという相乗効果も生まれているそうです。

社食堂

サポーズはこのように、建築家が本来の業務である建築設計を通じて得た知見を拡大し、設計以外の領域にも価値を提供できることを積極的に示す、新しい建築家像で注目を集めています。
「社食堂」のほか、企業ブランディングから建築家として関わり、事業計画も含めたデザインを行ったり、建築建材メーカーと協働でサービスの設計を手がけたりしています。
建築家という職能自体を時代にふさわしい形に設計し直しているかのようです。こうした取り組みが業界全体に広がっていくのか、非常に興味深いところです。

「都心に建つのに緑あふれる」わがままを満たすオフィスビル

最後に筆者自身もあこがれるオフィス建築をご紹介しましょう。
緑あふれる空間で仕事をしたい、でも田舎のサテライトオフィスではなく都心で働きたい──。
そんなわがままな欲求をかなえてくれるオフィスが、伊東豊雄氏による「CapitaGreen」です。

シンガポールに建つオフィスビルの本作品は、ビル全体を1本の樹木に見立てるようにつくられています。ビルの中心が巨大な換気設備となっており、建物全体が呼吸するように、常に新鮮な空気が循環しています。
さらにビルの側面は、らせん状の屋外庭園が巻きつくように配置されています。どの階で働く人も、身近に自然を感じることができ、さらにこの庭園の植物によって、ビルに取り込まれる空気も新鮮な状態が保たれる仕組みになっています。
オフィスビルといえば、できるだけ多くの事務机を詰め込めるよう、生産性を優先した味気ないものが多く建てられてきました。

しかし近年、オフィス空間のあり方を見直すことで、作業効率の改善を図るデザインが試行錯誤されるようになっています。
「CapitaGreen」は、オフィスビルの新しい類型として、大きな可能性を持ったデザインではないでしょうか。
伊東氏は建築界のノーベル賞とも言われるプリツカー賞を受賞し、世界各地で数多くのプロジェクトを抱えています。
「今まで誰も見たこともないような建築を」というクライアントからの期待をさらに上回る建築をつくり続けている伊東氏は、変化の激しい現代を代表する建築家の一人だと言えるでしょう。

CapitaGreen

建築家の仕事は、クライアントからの要求に対し、与えられた予算や条件の中で最良の建築をデザインすることです。
しかし、ただそれに応えるだけでなく、クライアントからの要望の背景にある、社会全体のニーズを見据え、時にはニーズそのものを生み出す姿勢が、建築の歴史を前進させてきました。
社会に対する問題提起を含むデザインは、時に次なる仕事に結びついたり、社会全体を巻き込んだムーブメントさえ生み出すことがあります。
ビジネスにおいても、目の前の課題を解決する商品やサービスを検討するだけでなく、より視座を高く持つことで、広く求められる仕事ができるのではないでしょうか。
創意工夫にあふれる建築家の仕事の数々から、ビジネスに生きるアイデアを見出していただけましたら幸いです。

(編集:はてな編集部)

著者:ロンロ・ボナペティ

「専門知識がなくても楽しめるように建築の魅力を伝える」がモットーの建築ライター・編集者。大学院の建築コースを修了後、建築系のコンテンツ制作に携わる。国内外の都市や建築を巡って得た気づきをコンテンツプラットフォームのnoteで発信している。

Twitter:@ronro_bonapetit

*1:建物全体を柱で持ち上げ、地上部分を外部空間とする形式。自動車社会の到来に対応して考案され、主に駐車場として積極的に採用された。
*2:リビング・ダイニング・キッチン(LDK)と複数の個室(n)を備えた一般的な住宅形式。

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