スマートフォン版はこちら

「猫を撮っている間は猫を飼えない」 37歳で独立した猫写真家・沖昌之さんに聞く

「猫を撮っている間は猫を飼えない」 37歳で独立した猫写真家・沖昌之さんに聞く

『必死すぎるネコ』『ぶさにゃん』などの写真集で知られる猫写真家・沖昌之さん。猫の表情や一瞬の動きをとらえた作品は、巷の猫写真とは一線を画しており、国内外問わず多くの猫好きに支持されている。

沖さんが写真家として独立したのは2015年、37歳のとき。それまでは一般的な会社員で、そもそも写真を撮るのも撮られるのも嫌いだったという沖さんだが、一匹の猫との出会いが運命を変えた。

現在はSNSを通じて猫写真を世界中に発信しながら、さまざまな媒体での連載や写真集の出版など精力的に活動を続けている。

沖さんのように「好き」を仕事にするためにはどうすればいいのか? お話を伺った。

撮るのも撮られるのも嫌いだった


── 以前、何かのインタビューで「写真を撮られるのは嫌い」とおっしゃっていましたが、今日はバシバシ撮らせていただきます……。

 

沖昌之さん(以下、沖):最近は何とも思わなくなりました(笑) 普段猫の変顔ばかり撮っているので、自分が「この写真はちょっと……」とか言っちゃうと、猫に怒られるなと思いまして。

 

── 写真家として独立する前は会社員をされていたそうですね。

 

沖:最初の仕事はプリンターやPCを企業に販売するようなシステム営業でした。ただ、その仕事をやりたかったというわけではなく、就職氷河期だったこともあり、雇ってもらえたので迷わず就職したという感じでした。

 

沖昌之さん

 

── その後、アパレルのネット通販会社へ転職されます。

 

沖:将来を考えたときに、ずっと営業をやっていける気がしなかったんです。「向上心もなく努力せずに上司の力を借りてなんとか売れている」みたいな状況も嫌でした。

 

東京で勤めた婦人服の小売店は、もともと服が好きだったこともあって選びました。ただ、あまり人と話したくないタイプだったので、業務は商店街にあるようなブティックでの配送係でした。

 

── 当時から写真を撮っていたのでしょうか。

 

沖:いえ、まったく。撮るのも撮られるのも嫌いでした。写真を撮るようになった最初のきっかけは、当時の社長からニコンのD5000というカメラを渡されて、自社ブログにアップする商品写真を撮るように指示されたことです。配送係なので当然撮影のテクニックはなく、試行錯誤の毎日。お客さまにも「何なんこの写真。全然上手じゃないよ」と言われていました。

 

「Yahoo!ショッピング」や「楽天市場」のようなECサイトがはやり始めた当時、社長はブログに自撮りを投稿して服を売り、年間2億円くらい売り上げていました。服の売れ行きは写真の良しあしでかなり変わりますし、社長自身もデザイナー出身でしたので撮影もうまく、こだわりのある人でした。そこでずいぶん仕込まれましたね。

 

── 独立前には写真家・テラウチマサトさんの教室に通われていたそうですね。どんなことを学ばれたのでしょう。

 

沖:写真のセンスは後天的なものだと教えていただいたのが大きかったですね。それまで、センスは生まれつきのものだと思っていました。社長がセンスのかたまりのような人で、絶対に届かないだろうと。だけどテラウチマサト先生にそう言っていただけて救われた気持ちでした。

 

教室では、自分が「センス良いな」と思った写真を見たら、その理由を言語化するように教わりました。もともと「感覚を言葉にする意味が分からない」と思っていた節もあり、最初は難しかったのですが、良いと思った理由を言語化して頭に残すことで、自分の作品にも生かすことができるようになっていきました。

 

── 2015年4月に仕事を辞めて写真家として独立されましたが、そのきっかけになったのは一匹の猫だったそうですね。

 

沖:「ぶさにゃん先輩。」ですね。2013年の大晦日、仕事の休憩時間に近くの公園で出会いました。エキゾチックショートヘアでアメショー柄の太った猫です。明らかに家猫なのに外にいるし、わがままボディだし、どこか不思議な感じに惹かれました。初めて「猫の写真を撮ってみたい」と思って、翌日にカメラを手にぶさにゃん先輩。を撮りにいきました。

 

ぶさにゃん先輩。に出会っていなかったら、たぶん写真も撮っていないし、猫を被写体としても見ていなかったと思います。以前から通勤中に猫と遭遇はしていましたが、撮りたいと思うことはありませんでしたから。猫を被写体として撮ってみたいと思うきっかけをくれたのがぶさにゃん先輩。でした。

 

 

ぶさにゃん先輩。
©Masayuki Oki

 

 

ただ、ぶさにゃん先輩。は写真家として独立した翌月の2015年5月に突然いなくなってしまいました。僕らは普段、ずっといると思う存在と別れが来ることを想像しません。だけれど、決してずっとあるものはないんだと、そのとき痛感しました。

 

── 仕事を辞めて独立することへの不安はありませんでしたか。

 

沖:30代も後半でしたし、不安しかなかったですよ(笑)。

 

お付き合いのある営業さんはたいてい転職先を決めてから退職の挨拶に来られて、そのたびに「こういう感じなんだ、大人の転職って……」と思っていました。

 

自分は魔が差してパッと辞めてしまいましたから、ほぼ「詰んだな」って感じでしたよ。大学も中退しているし、手に職もない関西人が関東に出てきて次の仕事、というのもなかなか難しいじゃないですか。

 

前職の社長とけんか別れをしたわけではないですし、お客さまも僕のことを気にかけてくださっていて、社長に「沖さんは大丈夫なの?」と聞いていたということを後から知りました。

 

沖昌之さん

 

「あんまりいい仕事ではないかもしれません(笑)」


── 猫写真家としてのお仕事についても教えてください。沖さんは住宅街や河川敷などを毎日歩いて写真を撮っているそうですね。どのような一日を過ごされているのでしょうか。

 

沖:夏の暑い時期ですと、明け方3時半や4時ごろに家を出て、猫のいる場所に5時ごろに到着。撮影が終わるのが朝7時ごろです。暑くなると、猫も茂みに隠れてしまいますから。一度、自宅に戻って写真の整理などをして、昼寝をしてから15時半ごろにまた出かけて、日没くらいまで撮影します。そして帰ってきたらまた写真の整理。秋口は涼しくなってくるので、一日ぶっ通しで撮影することも多くなります。

 

沖昌之さん

 

── 猫は誰が撮ってもかわいくなる被写体だと思いますが、沖さんの写真からは賢さや愚かさ、必死さといった世の猫写真にはない“人間臭さ”が感じられます。

 

沖:確かに猫は何も考えず撮ってもかわいく写ります。ただ、いざカメラを構えてみると、猫は必ずしも僕らのイメージ通りの動きをしてくれません。意外と動き回るし、感情が顔に出るし、しっぽや態度、鳴き声にも表情があります。猫同士の関係もいろいろとあり、人に対しての態度も猫によってぜんぜん違います。猫のかわいさは外見だけでなく、内面にもあるということを、僕はカメラを通して知りました。

 

 

『必死すぎるネコ』
©Masayuki Oki

 

 

『必死すぎるネコ』
©Masayuki Oki

 

 

── 猫を撮ろうとしても警戒されたり逃げ出されたりして、なかなか自然な姿を撮ることは難しいです。

 

沖:極論、人はいない方がいいんです。人間だって、自分たちより大きい生き物が何かを構えて近づいてきたら気になって仕方ないですよね。猫にとってはそれが人間だと僕は思っています。近くに撮影者がいること自体が不自然で、僕の撮影はその不自然さをどう払拭するのかがテーマです。

 

沖昌之さん

 

あとは、ひたすら通い続けて猫に僕という存在に慣れてもらうことです。僕がゆっくり近づいても逃げる猫が、自転車に乗ったおばちゃんがすぐ近くを通ってもぴくりともしないことがあります。それはきっと、その自転車が猫にとって習慣化されているからなんでしょうね。自分もそうならなければ、猫の自然な姿を撮ることはできないんです。

 

例えば、新しい土地に行ったら1週間泊まり込んだり、「猫集会」でデカい1匹を見つけたらマークしておいたり……。あんまりいい仕事ではないかもしれません(笑)。すぐに撮れる写真ならすでに撮られているはずですから、どうにかして差別化しないといけないわけです。

 

とはいえ、僕の撮影している猫は地域猫が多いので、僕がどうこうというより、地域の方々の猫への優しさで撮らせていただいている側面も強いです。

 

── 「猫をかぶる」というように、猫は“オン”と“オフ”を切り替えるそうですね。どうすればオフショットを撮れるのでしょう。

 

沖:シャッター音で猫が突然ごろんと転がってくれることがあります。こちらを察して、女優になってくれているんです。しかし、オフショットを撮るのは難しいですね。距離感は猫によっても違います。遠距離から望遠で狙わないと撮れない猫もいれば、近距離が正解という猫もいます。

 

 

『必死すぎるネコ』
©Masayuki Oki

 

 

ただ、撮ろうとして焦ると猫が察しちゃいますね。カメラを見てくれなくなったり、どこかに行ってしまったりすることも時どきあります。カメラをしまった瞬間に良いポーズをとっていることも多いです。こればかりはもう、待つしかありません。人間なら「頼むから……」と言えばやってくれそうなんですけどね(笑)。

 

そして、猫は気まぐれでもあります。ぶさにゃん先輩。は、その日はすごく仲良くなったと思ったのに、翌日塩対応で(笑)。 僕が猫を分かるようになったら猫を撮らなくなるのかもしれません。分かってしまったら今までのような予期せぬ瞬間を撮れなくなってしまうので、「猫を撮っている間は猫を飼えないな」と思っています。

 

── そうした貴重な瞬間をとらえるために沖さんはスポーツ撮影用のカメラをお使いだと伺いました。

 

沖:キヤノンの1DXを使っています。昔はぶれたり、ノイズでざらざらになってしまったりして、そのたびに「カメラが良かったら撮れたのに」と思ってしまったんです。実際は僕が下手なだけかもしれませんが、そうやって他の物事に責任を転嫁すると、「環境悪いし」「お金ないし」「時間ないし」と自分に真摯に向き合えなくなってしまいます。プロ仕様の最高のカメラを買うことで言い訳もできなくなりますし、これからも猫を撮り続けるという覚悟もできました。

 

── これまで撮影された写真の中で、個人的に好きなものを選んでみました。簡単にご解説いただけますか。

 

 

『必死すぎるネコ』
©Masayuki Oki

 

 

沖:近場にいた猫だったのですが、僕を嫌って壁の方に逃げたんです。「この子跳ぶな」と思ったら、本当にピョンと跳びました。でも壁が2メートルくらいあったので一発で跳びきれず、こんな姿に。正直、こんな面白い絵になるとは想像できませんでした。

 

 

ネコザイル
©Masayuki Oki

 

 

沖:自宅マンションの裏にある廃屋からゾロゾロっと出てきた猫たちです。「すぐに解散するかな?」と思ったのですが、5匹とも塀をつたって僕に近づいてきて。先頭が僕に気づいて止まったので、後ろがガチギレしていますね。本当は歩いているところから撮りたかったんですけど、カメラを買い替えたばかりで設定が分からず「撮れない、撮れない」と焦っていたことを覚えています。翌日同じ場所へ行っても出会えなかったので、本当に運です。
 

「さわやかな好き」だけで続けるのは難しい


── 写真家としてうれしいことや大変なことはありますか。

 

沖:写真家になったときから応援してくださる方や、最近ファンになってくださった方が、僕の活動に対して一緒に喜んでくださることが一番うれしいですね。独り善がりじゃないんだと実感できるんです。

 

大変なことはあまりないですね。コンペに負けるとか、無茶な依頼が来ることはありますが、そういうことも未来の自分はきっとできるようになっているはずだと信じています。実際、朝3時半に起きる生活もかつては無理だと思っていましたが、今は普通にできていますからね。

 

沖昌之さん

 

── 沖さんのように「好き」を仕事にすることに憧れている人は大勢います。ただ、それが実現できる人は少数です。どうすれば「好き」を仕事にできるのでしょうか?

 

沖:正直、好きだからどうにかなるものでもありませんし、「さわやかな好き」だけでは難しいと思います。憧れの世界で活躍している人に「まだ実力不足だけど、これくらい熱意があるんだったらいいか……」と納得させないと。カメラが好きで、写真だけで食べていきたいと思っている人はたくさんいます。僕だって、ぶさにゃん先輩。に出会えた運と、周りの人のおかげなんです。運と努力、人とのつながり、それに熱意と覚悟がなければ「好き」で食べていくことは大変でしょう。

 

いきなり独立を考えるのではなく、やりたいことをまずやってみるのも良いと思いますよ。それに、今やっている仕事のスキルが、後々生きてくることも意外と多いんです。

 

会社員の頃は撮影の仕事も「やりたくないな……」と思っていたのですが、アパレル会社の社長には「沖くんね、点と点じゃないの。 それがいつかつながって面になるから、頑張んなさい」と言われていました。それがいま本当に面になっているので、文句を言えないですよね……。

 

── 5年後、10年後も同じ仕事をやっていると思いますか?

 

沖:同じことを飽きもせずやっているでしょうね。「猫を飼いたい」と思わない限りは(笑)。

 

取材・文:山田井ユウキ 編集:はてな編集部 撮影:小野奈那子

取材協力:沖昌之

猫写真家。1978年神戸生まれ。家電の営業マンからアパレルのカメラマン兼販売員に転身。初恋のネコ「ぶさにゃん先輩。」の導きにより2015年に独立。猫専門誌『猫びより』(辰巳出版)の「必死すぎるネコ」、『AERA (アエラ) 』 (朝日新聞出版)の「今週の猫しゃあしゃあ」 『Oha!4』(日本テレビ)内のコーナー 「おはにゃん」 レギュラーなど連載多数。『ぶさにゃん』(新潮社)、『残念すぎるネコ』(大和書房)、『明日はきっとうまくいく』(朝日新聞出版)、『にゃんこ相撲』(大空出版)など著書多数。2017年刊行の代表作『必死すぎるネコ』(辰巳出版)は5万部突破のベストセラー。 発売前に重版が決定した注目の一冊 『必死すぎるネコ ~前後不覚 篇~』(辰巳出版)が 2019年9月に満を持して発売。
Instagram:okirakuoki
Twitter:@okirakuoki
ブログ:野良ねこちゃんねる。

おすすめ記事

年収800万円以上、年収アップ率61.7%

ハイキャリアの転職に特化したコンサルタントが、最適なポストを提案します 

仕事のやりがいは何ですか?
今の仕事で満足な点と変えたい点はありますか?
あなたにとってのワークライフバランスとは?
パソナキャリアはあなたのキャリアを相談できるパートナーです。キャリアカウンセリングを通じてご経験・ご希望に応じた最適な求人情報をご案内します。