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「好き」に囲まれた棋士人生から伝えられること|プロ棋士から君へ(寄稿:遠山雄亮)

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私、遠山雄亮は日本将棋連盟でプロ棋士をしている。

 

将棋のプロというと、

 

 

羽生善治(はぶよしはる)竜王
加藤一二三(かとうひふみ)九段(通称:ひふみん)
藤井聡太(ふじいそうた)七段

 

 

この3人であれば皆さんご存じではないかと思う。

 

 

この3人は「中学生でプロ棋士になった」という共通点があり、将棋界の超エリートである。羽生竜王と加藤九段は何度も将棋界のトップに立った。近い将来、藤井七段がトップに立つ日が来てもなんら不思議ではない。中学生プロ棋士にはそのくらいの未来が期待されている。

 

 

対して、私は年齢制限ギリギリの25歳でプロ棋士となった。残念ながらエリートとはほど遠いが、エリートとは違ったプロ棋士人生を楽しんでいる。

 

 

将棋のプロ棋士になるには『奨励会』という下部組織で一定の成績を収める必要があり、年間に4名しかプロ棋士になれないため、「東大に入るより難しい」と言われることもある。私は奨励会を卒業するのにかなり苦労したため、

 

 

「プロ棋士になれて良かったですね」

 

 

と言われることが多い。もちろんその通りなのだが、私はこの言葉をかけられた時はいつもこうお答えしている。

 

 

「プロ棋士になれて良かったと思える人生にしたいです」

 

 

長い人生では、ただ「なる」ことに満足してはいけないからだ。「その後」もまた重要なのである。
 

 


千駄ヶ谷にある将棋会館

プロ棋士になるまで 〜「好き」に没頭〜


ここからは、プロ棋士に「なる」までの話を中心に、「その後」についても触れていきたい。

 

状況が変われど、自分自身の軸となっているのは「好き」である。将棋を始めたのは3歳の終わりなので、物心ついた時には将棋がいつもそばにあった。ただただ将棋が「好き」で、そのうち将棋友達も増えていき、彼らがプロを目指したのと歩を合わせるように奨励会に入会した。中学1年生の時だった。

 

高い志を持っていたわけではない。「好き」で没頭していたら、気が付いたらプロを目指すレベルに到達していたのだ。奨励会に在籍した頃は、将棋のプロを目指す若者に模範となるような姿ではなかった。遊びも勉強もいろいろ好奇心の赴くままに取り組んだ。いま思い返すと失敗したことも多い。でもまたその失敗も大切な財産になっている。

 

私は中高大一貫校だったこともあり、大学へも進学した。少し驚かれるかもしれないが、奨励会在籍中に大学へ進学するのは珍しいことだ。私が大学1年生のとき、奨励会に大学生は私しかいなかった。それでも当時の私は両親の教育方針もあり、見聞を広げることを大切に考えていた。

 

ちょうど大学を卒業した頃、「好き」な将棋にも幅があることが分かってきた。将棋の練習方法はたくさんあるが、苦手なものもある。「好き」の近くに「嫌い」もあるのだ。

 

プロは勝敗で全てが決まる、他者の評価が入らないシンプルな世界だ。そこが私の「好き」な部分である。しかし、将棋のプロ棋士は現役が160名しかおらず狭い世界である。将棋村とも呼ばれるその空気感は家庭的な良い面もありつつ、勝負の世界の純粋さにはそぐわない面もあるのだ。

 

将棋の全てが「好き」だけじゃないことに気が付き、プロ棋士になることだけにこだわらなくなった。他に「好き」を見つけて違う職業で生きていくのも、また人生だと思ったからだ。

 

奨励会は26歳までにプロ棋士にならないと原則退会となる。私は25歳で奨励会を卒業した(プロ入りした)ので、まさにギリギリだった。あと一歩から6年かかり、正直つらい時期だった。
 


六段免状

奨励会卒業 〜「好き」なところを増やすこと〜


将棋に対する「好き」の模索をし、将棋という相棒との距離感をつかめた時に一つの転機が訪れた。

 

少し専門的になるが、奨励会の時に私は「四間飛車(しけんびしゃ) *1」という戦法が「好き」で得意だった。しかし「好き」の距離感がおかしくなっていたこともあり、「中飛車(なかびしゃ)*2」という新しい戦法の研究に没頭し、「好き」の数を増やしていった。すると勝ち星が増え、25歳ギリギリで奨励会を卒業することができた。

 

「好き」なことも大切だけど、「好き」過ぎると自負やプライドが邪魔したり、変な言い訳を自分にして気持ちをごまかすこともある。もし「好き」がこじれていたら、距離感を保ったり「好き」なことの数を増やす努力も大切なのだろう。

 

冒頭に挙げた3人の超一流プロ棋士は、好奇心旺盛で「好き」に正直で、つまらないプライドからは縁遠い。それが超一流の大原則なのだろう。

 

私は好奇心は旺盛だが、つまらないプライドに振り回されることがある。そこが超一流と自分の違いだ。苦しい時期を乗り越えたときは、「好き」の数を増やした時なのだ。であれば、もっと「好き」になることに正直になるべきだとつい最近ようやく気が付いた。

 

小さくてもいい、むしろ小さい「好き」を集めて楽しく取り組むことが仕事人生において大切なことなのだ。


タイトル戦での控え室風景

■プロ棋士として 〜「好き」を広げた先に〜


将棋のプロ棋士という仕事には分かりやすく2つの柱がある。【対局】と【普及】だ。

 

【対局】は主にプロ棋士同士の試合のことをいう。対局にはありがたいことにスポンサーがついており、対局料をいただき、勝ち進めば賞金が出ることもある。先日藤井七段が中学生ながら賞金750万円を獲得して話題になった。


自宅での練習風景


プロ棋士は対局に向けて日々練習に取り組んでいる。将棋の練習方法は確立されていないため、各々が試行錯誤を繰り返しているのだが、私は現在、将棋AIを用いての勉強に力を入れている。それが一番「好き」な勉強法であり、先ほど出てきた戦法も将棋AIに合わせている。

 

【普及】は、

 

1.将棋ファンを増やすこと
2.将棋ファンを喜ばせること

 

これが大原則だ。この2つを行った際に、プロとしてお金をいただいている。私はWEBやアプリでの将棋普及に力を入れており、「好き」な普及手法だ。8年ほど前から将棋連盟より「モバイル編集長兼プロデューサー」という肩書きをいただき、主に『将棋連盟ライブ中継』というスマホアプリの担当をしている。『将棋連盟ライブ中継』は将棋ファン必携のアプリで、プロの対局をリアルタイムに観戦するものだ。過去の対局を振り返ることもできる。羽生竜王や藤井七段の対局もほぼ全てリアルタイム観戦が可能だ。

 

個人としては、将棋ファンを増やすためのツールとして『遠山プロの将棋塾』というYouTubeチャンネルで主に入門~初級者向けの将棋動画を公開している。この記事を読んで将棋を始めてみようと思った方は、ぜひご覧いただきたい。

 

なぜ将棋のプロ棋士がWEBやアプリに興味があるのか、よく聞かれる質問である。

 

大学に通ったことで、勉学や同年代との交流に時間を割いたこと。将棋界の外の世界で活躍される方との交流に積極的に時間を割いたこと。そうして好奇心の赴くままにいろいろなことに時間を割いたことで「好き」が広がっていったことが要因であろう。

 

そんな中で「将棋のプロ棋士×(WEB+アプリ)」という「好き」同士を掛け算したことで、素晴らしい出会いに恵まれ、「好き」と思える活動も増えている。今回は、「拝啓、これから働く君へ」というテーマでご依頼をいただいた。この寄稿のような、若い人になにかを伝えるという仕事も「好き」だ。ほんの少しでも、若い人の人生に好影響を与えられれば嬉しい。
 


子どもたちへ将棋指導


私自身、最初は将棋が「好き」で始まり、「好き」が広がっていくことでさまざまなことに出会い、それがまた「好き」を作ってきた。恋人と一緒にいれば幸せなのは「好き」だからだ。仕事も一緒。自分の「好き」を集めて、「好き」に囲まれて生きてほしいという言葉を若い方へ贈りたい。

 

私自身の人生の幸運は、子供時代に一番「好き」だった将棋が職業として成立していたことだ。もし対象が『ぷよぷよ™』だったら、人生が大きく違っていたことだろう。ただ今の時代、「好き」が職業になる道は、以前よりも大きく開かれていると思うので「好き」なことを追い求めてほしい。
 

著者:遠山雄亮(id:toyamayusuke)

 

toyamayusuke

日本将棋連盟のプロ棋士です。対局&将棋普及に邁進しています。ブログでは将棋にまつわる様々なことを綴っています。

 

ブログ:「遠山雄亮のファニースペース」
 

 


(編集:はてな編集部)

*1:四間飛車(しけんびしゃ):飛車を4筋に持ってくる戦法。アマチュア人気No.1の戦法だ。四間飛車の中でも「藤井システム」を得意にしていた。

*2:中飛車(なかびしゃ):飛車を真ん中に持ってくる戦法。この戦法には「遠山流」と呼ばれる指し方がある。こちらもアマチュアに人気の戦法。