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世界のVIPの心を掴む、超一流の気配りとは? プロフェッショナル執事・新井直之さん |この「忖度」がスゴい!

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あるときから「忖度」という言葉は悪しきもの、忌むべきものとして用いられるようになった。しかし、本来は「他者の心情を推し量り、配慮する」ことを指す。それはさまざまな人と関わりながら仕事をし、生活を営む我々の社会においては大事な素養の一つであり、程度の差はあれ、多くの人が何かしらの忖度をしながらそれぞれのコミュニティを立ち回っているのではないだろうか。

今回お話を伺うのは、執事の新井直之さん。世界中の資産家やビジネスエリートを顧客に持つ、プロフェッショナルだ。一流のサービスを受けることに慣れたVIPに対し、それを上回る仕事で信頼を得てきた新井さん。そのおもてなしの根底にある、「忖度の力」について聞いた。


── まず、執事とは具体的にどんなことをする仕事なのでしょうか?


新井さん(以下、敬称略):おそらく、みなさんがドラマや映画でご覧になっている執事のイメージというのは、お仕えする方にお食事を出したり、お茶やワインを出したり、身の回りのお世話をするというところかと思います。もちろんそれも業務の一つではありますが、執事の仕事はお客様の御家族、御一族の生活全般をサポートすることで、その内容は本当に多岐に渡ります。


── つまり、なんでもやると。


新井:企業の総務部をイメージしていただけると分かりやすいかと思います。執事のサービスを利用する方というのは資産家や大企業のオーナーファミリーが多いので、自宅も大きいですし別宅をいくつも所有しておられます。複数の住居の維持管理だけでもかなりの労力で、それに加え、メイド、ドライバー、シェフなどを統括しお客様の生活を円滑に回すのも重要なミッションです。さらに、小さなお子様がいらっしゃれば塾や習い事の送迎、勉強を教えることもしますし、お客様の冠婚葬祭に代理で出席することも。あとは、プライベートだけでなく旦那様のお仕事のスケジュール管理など、秘書に近い業務もありますね。本当に、ちょっとした企業の総務並みに忙しい仕事だと思います。


── 食事はシェフ、掃除はメイドと、一つひとつの業務はそれぞれのエキスパートが担当し、執事が司令塔として采配する感じでしょうか。


新井:その通りです。私は執事のサービスを提供する会社を運営していますが、常に約30人のさまざまなエキスパートを抱えています。法律の制限がある業務を除き、お客様が望むことには全て対応できるような体制は常に整えていますね。
ただ、ときには想像もつなかい角度のご要望が飛んでくることもあります。


── セレブのムチャぶり……。聞くのが少し怖いですが、例えばどんな?


新井:いろいろありますが、一番驚いたのは「自宅で源泉かけ流しの温泉に入りたい」というご要望でしたね。温泉をどこかから運んでくるのではなく、敷地内で温泉を掘り当てよ! との命です。


── わがままですね……。それも対応するんですか?


新井:温泉、掘り当てましたよ。1年以上、1億円以上かけて1000mを掘りました。なぜそこまでやるかというと、私が仮にできないと言ったことを他の人が実現してしまったら、私の信用や価値がゼロになってしまうからです。それに、社会的に成功されている方って、基本的に不可能なものはないと思っているんです。むしろ、不可能の向こうに可能があると思っている。普通はできないことをやっているからこそ成功しているわけで、考えてみれば当然のことですよね。だから、私たち仕える側も「できない」という言葉はNGなんです。


「できないはご法度」新井に頼めば何とかなると思われたい


── とはいえ、どうあがいても無理なことも世の中にはあると思いますが……。


新井:もちろん、手を尽くした結果、できないという結果に至ることもあるかもしれません。ただ、どんな無理難題を言われても、できないと即答する前にまずは預からせていただき、やれる方法を徹底的に調べるし、考え尽くします。温泉も、調べた結果「ここは温泉が出ない土地です」という回答をしなければならないケースもあるでしょう。ただ、それでもその結論に至った経緯を説明したり、その上で他の手段がとれないかご相談したりするなど、「できないなりの回答」をします。それを繰り返していくと、新井に頼めば何とかしてくれると、お客様からの信用や価値が上がっていくんです。


── じゃあ、例えば「月に行きたい」って言われたらどうするんですか?


新井:NOとは言いません。無理難題への対応は2つのパターンがあって、直球で返せるものは直球で返します。例えば「風船ガムを1000個用意しろ」という要求は、大変ではありますが頑張ればできますよね。これは直球で返せる話です。(補足:実際、新井さんはVIPから頼まれ、千葉県全域のコンビニを数時間でまわって1000個用意した実績がある)

一方、月へ行きたいといった要求については、さすがに直球では返せませんので、“なぜその人は月へ行きたいのか?”について深掘りして考えるようにしています。実際、お客様になぜ月へ行きたいんですか? とお聞きすると、「死ぬ前にまたとない体験をしたい」や「無重力を体験してみたい」といった“本当の望み”が分かったりするんです。それなら、何とか叶えられそうですよね。人って断片的に欲求を話しがちなので、言葉の奥底にある本質を注意深く探るようにしています。



── なるほど。それは一般的なビジネスマンにも参考になりそうな話ですね。


新井:そうだと思います。例えば、お客様が「5分以内にカレーが食べたい」とおっしゃったとします。でも、近くにカレー屋がない。その場合、カレー屋はありませんでしたと答えるだけでは駄目で、なぜカレーなのかを聞いてみる。すると「13時から会議で時間がないので、すぐに食べられるカレーがいい」といった答えが返ってくるかもしれません。つまり、本当の欲求はカレーではなく、“今すぐご飯を食べたい”なんですよ。であれば、近くに牛丼屋があるのでそこでもいいですか? と、お客様のニーズに合った提案ができますよね。


── どこまでもお客様のニーズに寄り添う、気配りのレベルが半端じゃないですね。まさにスーパー執事……。


新井:ただ、私も失敗したことはもちろんあります。以前、海外から来日されたお客様を成田空港までお迎えに上がったことがありました。ところが、プライベートジェットから車に乗り換え都内へ移動している途中に、渋滞にはまってしまったんです。そのときに、「渋滞を何とかしろ」と言われたのですが、結局どうすることもできず次の予定に1時間遅刻してしまいました。お客様からは「渋滞は君のせいではない。ただ、君の仕事は単に一緒についてくることではなくて、何があっても俺を時間通りに送り届けること。そのためには渋滞を何とかする、できないことをやってみせるのが君の存在意義なんだ」とお叱りを受けました。


── 厳しい……けど、それがセレブというものなんですね。


新井:その1時間で、とんでもない価値を生み出す方たちですからね。私は猛省し、次に同じことがあったら何としても対処できるように準備しておこうと思いました。実際、次に来日された際に同じく渋滞に巻き込まれたんです。そこで私は成田空港に引き返し、あらかじめチャーターしてあったヘリコプターに乗り換えていただきアポイントに間に合いました。最初からヘリコプターを使えばいいじゃないかと思われそうですが、基本的には車で移動されたいお客様なので、車でそのまま時間通り到着できるならそれに越したことはないわけです。ただ、それが難しい場合の策を先回りして用意しておくことが、不可能を可能にできる唯一の方法なのではないかと思います。


── ちなみに、もし渋滞しなかったらヘリは無駄になるわけですよね。


新井:はい。高額なキャンセル料が発生します。それは、こちら持ちですね。ただ、そうしたお客様は来日の度に少なくない報酬をお支払いしてくださいますし、それに見合った価値を求めていらっしゃいますので。


たとえ無駄に終わっても、徹底的に準備する

── 新井さんは元々サラリーマンだったとのことですが、どのようないきさつで執事になられたのでしょうか?


新井:元々はIT系の会社で営業をしていました。数十億の高額商品を扱っていて、商談相手は大企業のトップの方ばかり。普通のアプローチではなかなか満足していただけず、例えば接待一つとってもメジャーリーガーのプライベートパーティーだったり、F1をスタンドではなくパドックでパーティーしながら観戦したりと、趣向を凝らしていました。
ただ、お客様によってはそういうものが好きではない方もいます。飛行機もエコノミーでいいし、豪華なレストランより新橋ガード下の立ち飲み屋を好むというエグゼクティブもいらっしゃいます。お客様に合わせてアレンジしていくうちに、人に喜ばれるサービスというものは単に豪華、派手であればいいのではなく、一人ひとり違うものなんだと実感できるようになりました。ですから、営業の仕事は楽しかったですね。同時に、個々のお客様に寄り添っておもてなしをすることが自分の喜びなんだと気づいたんです。


── サラリーマン時代から執事の下地となる経験を積まれていたわけですね。楽しかったのならそのまま続けてもいいのではないかと思いますが……。


新井:大企業の役員の方って3年くらいで職を離れてしまうので、せっかく信頼関係を築いても短期で終わってしまうんです。それは寂しいなと。できれば、太く長く、数十年に渡ってお付き合いができないかと考え、執事という仕事に思い至りました。執事を事業化して、世界最高峰のサービスを提供したいと思ったんです。それで、11年前の2008年1月に会社を起こしました。


──アニメや漫画で見ることはあっても、執事という仕事は日本では一般的ではないように思います。ビジネスとして軌道に乗せるのは大変だったのでは?


新井:おっしゃる通りです。ブルーオーシャンという意味ではよかったんですが、あまりにもサービスとして認識されていなかったため、当初はまったく仕事がありませんでした。結局、初めてお客様についてお仕事させていただいたのは起業から1年後です。ただ、そのお客様がスゴイ人だったんです。


── だれですか?


新井:詳しくは言えませんが、世界の富豪ランキングでトップテンに入る、名前を聞けば誰もが知っているような方ですね。その方が日本に別荘を所有していらして、家の中のことをやってくれる人を探しているということでした。当時はそれしか仕事がなかったので、とにかく一生懸命やろうと。


── どんなことをやったのでしょうか?


新井:お客様から依頼された以上のことをやろうと。例えば、掃除ひとつとっても家の中だけでなくその周り、さらには車のホイールまで指紋ひとつないくらい磨き上げました。家の修繕は壊れてから直すのではなく、壊れそうなものを先回りしてメンテナンスしておく。その方が結果的に費用も安く済むんです。お客様って、そういう細かい仕事をよく見ていらっしゃるんですよね。
他にも、桜が咲く頃に来日されるとしたら、前もってきれいな場所を調べておきます。一つや二つではなく30~40はストックしておいて、お客様に同行しているときにふと「桜が見たい」と申されたらすぐにご案内できるようにしておくんです。


── でも、お客さんが桜を見たいと言わなかったら、そこまで調べたのが無駄になるわけですよね?


新井:そうですね、無駄になりますね。


── 努力をアピールしたくなったりはしませんか? 例えば、新井さんのほうから「桜を見に行きませんか?」と提案してみるとか。


新井:目的はお客様に喜んでいただくことで、努力や知識をひけらかすことではありません。あくまでお客様がそうした気分になったときにドンピシャなものをいかに取り出せるかが重要で、それを繰り返すことによって評価が高まっていくんです。実際、そのお客様は「日本にこんなすごいサービスがあるぞ」と周囲に広めてくださって、そこから2人、3人と仕事がつながっていきました。よく言われることですが、チャンスはみんなに平等に来るけれど、徹底的に準備している人しかそれを生かすことはできないんだと思います。


セレブからもらった最高のプレゼントは「子犬」


── 新井さんのサービスマンとしてのスキルに感服しました。ですが、どうしても相性が悪い人というのは存在すると思います。新井さんは合わないタイプと仕事をするとき、工夫されていることはありますか?


新井:ある程度は「ソーシャルスタイル思考」*1と呼ばれるコミュニケーションの技術で対応できます。人を4つのタイプに分け、お客様のタイプに合わせて自分の対応の仕方を変えることで話しやすくなりますし、信頼関係も厚くなります。特に、初期段階でお客様のお話を引き出す際には、これをよく使いますね。私だけでなく、うちに所属するバトラーたちは心理学や人間の行動科学に踏み込んだ対応をすることで、相性の問題を解消しています。


── では、相性の問題ではなく、とんでもなく性格が悪いとか、クセがあるとか、ソーシャルスタイルの枠組みにさえ当てはまらないタイプと接するときは?


新井:クセがある方や傍若無人な方、どうしてもなじめそうにないと思う方でも、不思議なもので時間が解決してくれるんです。確かに、最初の1~2カ月はこちらもストレスが溜まります。でも、1年くらい徹底的にお付き合いすると慣れるんですね。
あとは、最初は嫌なお客様であっても、こちらの心がけや対応次第で「相手を良い人にしてしまう」こともできると思っています。それにはまず、なぜその方が自分に対して嫌な態度をとるのか考えてみる。例えば、あまりにも下手に出過ぎていてそれが気に食わないのかもしれないとか、自分自身の落ち度を振り返って行動を変えてみる。服装、振る舞い、言葉遣い、その一つひとつを徹底的に検証・改善するんです。相手の態度や心は、結局のところ自分が作り出しているものだと思った方がいいと、私は考えています。それが功を奏しているのか、私のお客様は「良い人」ばかりです。


── 新井さんが世界のVIPに信頼される理由がよく分かりました。ちなみに、最後に下世話な質問で恐縮ですが、これまでお客様からいただいたプレゼントで一番すごかったものは何ですか?


新井:お客様の愛犬が産んだ子犬をプレゼントしてくださったことがあります。それで、その犬の顔を見せにたまに家に来いとおっしゃっていただきました。あとで分かったのですが、そのお客様は私以外にも自分の大切な人に犬をあげていたんですよね。より関係も深まりますし、同じように犬をプレゼントされた人たちが集まるパーティーにも呼んでいただけます。
私の場合はそこで新しい人間関係も広がるわけです。私がもらった子犬が実は日本を代表するような経営者の愛犬の弟だったり、得難い関係性を作れる。それって数百万円の高級車をもらうより、圧倒的に大きな価値だと思うんです。お金には代えられない、私の宝物ですね。



取材・文:榎並紀行(やじろべえ) 編集:はてな 撮影:松倉広治

取材協力:新井直之

 

日本バトラー&コンシェルジュ株式会社代表取締役社長。大学卒業後、米国企業日本法人勤務を経て日本バトラー&コンシェルジュ株式会社を設立。自ら執事として大富豪のお客様を担当する傍ら、企業向けに富裕層ビジネス、顧客満足度向上に関するコンサルティング、講演、研修を行っている。ドラマ版・映画版・舞台版『謎解きはディナーのあとで』、映画版『黒執事』では執事監修のほか、キャストの所作指導を担当。著書に『執事が教える相手の気持ちを察する技術』(KADOKAWA)など多数。

 

*1:アメリカの社会学者David Merrill(デビッド・メリル)が提唱したコミュニケーション理論。人の行動や言動を観察し、自己主張の強弱と感情表現の強弱で4つのタイプに分類する