はたラボ

散らかったキャリアのわたしを作った、4つのバイブル(寄稿:トミヤマユキコ)

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自己紹介が苦手だ。自己紹介をするときは、いつだって申し訳なさが募る。なぜなら、自分の仕事について説明しはじめると、みんなの表情が「???」となるからだ。


というわけで、あまり気乗りしないが自己紹介をすると、わたしはフリーランスのライターをやりつつ、大学講師もやっている。これまでにライターとして出した本は、おいしいパンケーキ屋さんを紹介する本、大学1年生向けの生活指南書、40歳までにコンサバファッションを攻略するための本、夫婦関係についてリアル/フィクションを横断しながら考える本……どうです? すごく散らかっているでしょう?


さらに大学で何をやっているかというと、日本の少女マンガが女性労働をどのように描いてきたかに関する研究とか、学生にZINEを作ってもらう編集系の授業とか(ZINEというのはざっくり説明するとインディペンデントの発行物です)、1990年代の短篇小説をひたすら読む文学系の演習とか……どうです? 散らかり過ぎて、イライラしてきたでしょう?


でもわたしだって、散らかりたくて散らかったわけじゃない。目の前の仕事を一つひとつこなしていたら、いつの間にやらこんなことになっていただけなのだ。何にでも手を出す欲深いヤツとか、とんでもない野心家とか思われていそうだけれど、本当のわたしは、一日中パジャマでだらだらしていたいタイプ……なのに人生こんなことになっているのだから、自分でも驚く。


この原稿では、いくつかの「作品」を紹介しながら、どうしたらこんなにも散らかったキャリアになるのか、そして、わたしが仕事をする際どんな考え方をしているのかについて書く。バキバキのビジネスパーソンには1ミリも役に立たないような気がするが、仕事が思うようにいかないとか、就活・転職がうまくいかないとか、フリーになりたいとか、そういう人たちに対して、ちょっとしたヒントぐらいは差し上げられるかもしれない。用法用量を守って正しく使えば、わたしほど散らかることなく、まとまり感のあるキャリアを形成できるだろう。


まず紹介したいのが『パンケーキ・ノート おいしいパンケーキ案内100』(リトルモア)だ。いきなり自著の宣伝で申し訳ない。でもこの本で、わたしのライター人生が本格スタートしたのである。


当時のわたしは、大学院生と並行しながら、小説や映画、演劇について書くカルチャー系のライターをやっていた。やっていた、と言っても、それだけで食っていけるほどやってはいない。おもしろいフィクションがあったらなんか書かせてもらう、という感じでゆるくやっていた。そんなある日、茶飲み友達である編集K君から「最近なにか気になるものはありますか?」と聞かれて、パンケーキが気になっていると話した。わたしはいわゆるレトロ喫茶が好きなのだけれど、体質的にコーヒーがダメなので、ホットケーキでその店の個性を味わっていたのである(※ホットケーキとパンケーキの違いについて気になったそこのあなたへ。パンケーキが世界基準の呼び名で、ホットケーキは、言ってみればジャパニーズ・パンケーキである。つまりホットケーキもパンケーキの一種というわけ)。


で、お店を探すのに重宝していたブログがあって、そのブロガーさんの本を出せばいいんじゃないかとK君に言った。売れるかどうかなど知らん。フード業界の動向も知らん。単にわたしが読みたいのである。K君は、じゃあそのブログを読んでみますね、と言って帰ったが、後日わたしのところに届いたメールには「ブログより、パンケーキについて熱く語るトミヤマさんの方がおもしろかった、トミヤマさんが本を書けばいいのでは」と書いてあった。え、それ本気で言ってるの。この時点でフードライターの経験ゼロ、お邪魔したパンケーキのお店は15軒程度。ふつうなら無理だ。パンケーキの本なんてとても出せない。


そんなわけで、出版の話はなんとなく有耶無耶になりつつも、K君は「トミヤマさん、行ったパンケーキのお店が30店舗を超えたらご連絡くださいね」と言い添えるのを忘れなかった(策士)。バカ正直なわたしは、その後も飽きることなくせっせと食べ続け、30軒を超えたのでK君に連絡したら、「50軒を超えたらまたご連絡くださいね」と言われ、70軒を超えたところで出版が決まった。その頃にはもう、自分の中で「本を出せるか出せないか」はあんまり関係なくなっていて、とにかくパンケーキを食べることが楽しくて仕方なかった。ひょっとしたらこれ本になるかも、というスケベ心は、正直2%くらいしかなかったと思う。実質、ただのパンケーキオタクが、ニヤニヤしながらK君に電話をかけていただけのことである。


予想外の出版決定により、死にもの狂いで先輩フードライターたちの仕事をリサーチし、見よう見まねで書きまくり、どうにか完成したのがライターとしての初単著『パンケーキ・ノート』だ。趣味だったパンケーキの食べ歩きが仕事になった。カルチャー系のライターが、フードの本でデビューした。すでに散らかりの予兆があるが、大事なのは、好きなものを好きでい続けると、本が出るということだ。専門性の高さとか、過去の業績とか、そういった「根拠」ではなく、ただただ好きだという「情熱」が勝つ瞬間があって、その瞬間を見逃さなければ、道は開ける。そのことを身をもって学んだわたしは、編集さんが「トミヤマさんなら書けそう」と言えば、どんな題材でもとりあえず書いてみることにしている。


編集さんに言われたらなんでもやる見切り発車な性格というか、見る前に飛ぶ神経の太さというか、とにかく「決断のカジュアルさがおよそ信じられない」と思われていそうだが、こういう性格になったことについては、年2回のペースで観賞し続けている『魔女の宅急便』が大きく関係している。


この物語には、「トンボ」という少年が登場する。彼は仲間たちと人力飛行機を作ることに夢中で、それゆえ、ほうきで自由に空を飛ぶ魔女のキキに大変な興味とリスペクトを示す。


ふたりが最悪の出会いを果たし、徐々に仲良くなっていく、なんとも少女マンガちっくな展開についても話したいけれど、本筋から逸れるので省略し、いきなりクライマックスのシーンから始める。不時着した飛行船が再び飛ぶところを見に行ったトンボは、暴風に煽られた飛行船を引き戻そうとしてロープをつかむもうまくいかず、文字通り宙ぶらりん状態で、空に放り出される。コントロール不能となった飛行船は、トンボをぶら下げたままふらふらと空をさまよい、やがて街のシンボルである時計塔に接近。このままでは衝突は避けられない。


トンボ「ぶつかるぞ〜 高度をあげろ〜」


飛行船の船員「ガスが足りない! 塔に飛び移れ!」


トンボ「やってみま〜す」


……やってみます!?!? やってみますだと???? 生きるか死ぬかの大勝負だというのに、間の抜けた声でやってみますと言えるこの男、ひょっとして世界一豪胆なのでは。でも、トンボの言っていることって、人生の真理なのでは。


わたしはトンボの「やってみます」から、とても大切なことを教わった。やれるかどうか分からないことについては、「やれます」とハッタリをかますのでも「やれません」と最初から断るのでもなく「やってみます」と言うのが正解であると。


ちなみに「やってみます」と言うときに「やってみてダメだったらゴメン」というニュアンスを持たせるのを忘れないでほしい。ダメでもしょうがないとみんなが思っている中でのチャレンジは、精神的負担を減らしてくれる。このニュアンスまで模倣してこそ、トンボの至言は生きるのだ。以来、あらゆるライター仕事を「やってみます精神」で引き受け、その都度、知らないジャンルのことを必死に勉強して、ギリギリどうにかなる、というのを繰り返している。全てはトンボのお陰であり、トンボのせいである。


大学教員のキャリアは、安野モヨコさんのマンガ『ハッピー・マニア』(祥伝社)と出会ったことが大きい。それまで日本近代文学を研究していたわたしが、少女マンガ研究に進むきっかけとなった作品だ。文学研究をしていた頃のわたしは、完全なる落ちこぼれだった。研究書を読むと秒で眠くなるし、当時すでにライター業を細々とやっていたのに、論文を書くのが死ぬほどヘタだった(教授に「トミヤマさんの論文は、論文の体を成していませんね」と言われる始末)。


こうなってしまうとゼミに行くのも億劫になり、あっという間にアラサーの女ニートが爆誕。朝からパチンコに行き、夜は映画を観て、音楽を聴いて、マンガを読むだけの怠惰な暮らしが続いた。だがそれで落ちこぼれの自分を忘れられるはずもなく、遊べば遊ぶほど、気分が落ち込んでいった。


そんな日々を救ってくれたのが、『ハッピー・マニア』だった。主人公は、仕事も恋愛も長続きしないシゲカヨこと重田加代子。多くの読者は、同作を恋愛至上主義者のラブストーリーとして読むだろう。しかしわたしは、「このまま研究をやめたらアラサーで就活初挑戦だし、そんなの社会的に死ぬのでは」と考えていた時期だったので、恋愛部分を「カッコ」にくくり、フリーター女子の物語として読んだ。すると、就職氷河期まっただ中のタイミングで世に出たシングルガールが、経済的な不安定さをものともせず、さまざまな男と出会っている様子が浮かび上がって来た。つ、強い……。ちょっと研究ができなかったくらいで、自分を憐れんでニートになるとか、とんだバカなのでは。そう思ったら、気が楽になった。人生、思い通りにならなくたって、元気よく生きていった方の勝ちだし、仕事に貴賤なんかないと本気で思えたやつの勝ちだ。


こうして『ハッピー・マニア』は我が座右の書となったが、この作品と出会ったことで、大人の女性向けに描かれた「女子マンガ」ジャンルのおもしろさにも開眼してしまった。だって、恋愛に関しては思いきり妄想の翼を広げるマンガ家も、労働のことになると案外真面目で、作者ごとの労働観が如実に反映されているんだもの。それって新たなマンガの「読み筋」ではないか。そのことに気付いたわたしは、大学院に戻り、文学ではなくマンガの論文を書き始めた。もちろんここでも「やってみます精神」を発揮して、先輩研究者の論文をお手本にしながら、どうにかこうにか書いていくスタイルを採用。でも、別にもう論文の体を成していなくてもいいと思った。伝えたいことが伝わるなら、エッセイでもコラムでも、なんでもよかった。だからわたしは論文の本数が少ないし、研究者としては相変わらず落ちこぼれだと思っている。でもいいんだ。楽しいから。


文学研究からマンガ研究へくら替えして分かったのは、「居場所を変えると人生が変わる」ということだ。相変わらず落ちこぼれだと思っているのに、今のわたしは昔よりずっと息がしやすい。ダメな自分を受け入れ、自分のペースで成長すればいいと思っている。周囲と比較して焦ることも随分減った。自分なりの伸び率。それさえ示せれば、目をかけてくれる人は必ず現れる。自分で言うが、これまでわたしを取り立ててくれた人たちは、絶対にわたしの実力を気にしていないと思う。「なんかあいつ伸び率あるな〜」「仕事やらせてみよっかな〜」みたいな感じだと思う。その手の期待を寄せられて苦しいとは思わない。これからの自分に期待してくれることは、未来があるってことで、過去をどんなに振り返ってみても落ちこぼれだった記憶しかない自分にはむしろありがたい。まあ、やってみてダメだったら、それはそれでしょうがないし(ここでも発揮される「やってみます精神」)。


ライター業と大学講師業に共通するのは、組織に所属しているようで、微妙にしていないところだ。企画が立ち上がるごとに集まり散じるライター仕事は、大人の文化祭みたいなものだし、大学講師は、商店街のお店みたいなもので、組織のルールに従っている部分もあると言えばあるけれど、扱う商品やその売り方は、わりと自由に決められる。


こうした商売の大変な点は、何かトラブルが起こったときに(組織がちゃんとしたピラミッド構造になっていないことも多いので)誰に向かって、どんなふうに文句を言えばいいかよく分からないことだ。特にフリーのライターとして、文句の言い時、言いどころを間違えると、次の仕事が来ないかもしれない。そこでわたしが採用したのが「どうでしょう式抗議法」である。もっと分かりやすく言おう。わたしは大泉洋の愚痴やぼやきを参考にしている。

『水曜どうでしょう』は、男4人がレンタカー(時には高速バスなど)に乗って世界中を旅したり、その他の企画にチャレンジしたりするバラエティ番組である。大人の男が4人、ずーっと顔を突き合わせていれば、当然小競り合いも起こる。「どうでしょう式抗議法」が「発明」なのは、目上/目下に関係なく、誰に対しても有効な怒り方だということだ。そして何より素晴らしいのは、どれだけ文句を言っても、決して殺伐とすることなく、揉めているのにどこか笑える応酬へとスライドしていくところである。番組未見の方は、料理企画をやるんだろうと思った大泉が、知り合いにわざわざ注文したパイ生地を抱えて現場にやってくるも、ディレクターから畑を耕せと言われたり、皿を作れと言われたりして、毎度生地をダメにされてしまう『シェフ大泉 夏野菜スペシャル』をご覧いただきたい。ディレクターへの恨み節が、すばらしい話芸へと昇華しているから。


ひとの心はそんなに強くないから、不平不満を押さえ込めば、いつか自分が壊れてしまう。でも、ストレートに怒ってしまうと消耗が激しくて続かない。そんなふうに思っていたわたしにとって、『水曜どうでしょう』は本当に救いだった(夫婦げんかも基本「どうでしょうスタイル」でやらせてもらっている)。真面目な社会人はアンガーマネジメントとかを勉強するのかもしれないが、わたしは『水曜どうでしょう』で怒り方を学んだ。


ここまで書いてきて、わたしってマジで流されるままに生きているだけだな、と思わぬでもない。が、流されるのにも技術は必要で、それは自分なりに「無理をしない方法」を確立することだと思う。早起きができない、満員電車に乗れない、集団行動が苦手、仕事のプレッシャーを感じたくない、怒りを溜め込みたくない……そういう「やりたくないこと」をおろそかにしないで、どう工夫したら抜け道を見つけられるかを考えることが、社会人として生き延びる上で、かなり重要なことなんじゃないかと思う。というか、そこをおろそかにしてしまうと、セルフネグレクトみたいになって、単純によくない。会社員なんだからもっとがんばらなくちゃ、お給料もらっているんだから我慢しなきゃ、と思い過ぎるのは危険だ。努力することはもちろん大事だが、自分の中にある嫌いや苦手のケアもどうかお忘れなく。

著者:トミヤマユキコ

 

ライター/大学講師。書籍・マンガのレビューを中心としつつ、フードカルチャーやファッションなど、頼まれればなんでも書くライター。著書に『パンケーキ・ノート』(リトルモア)、『大学1年生の歩き方』(清田隆之との共著、左右社)、『40歳までにオシャレになりたい!』(扶桑社)、『夫婦ってなんだ?』(筑摩書房)がある。大学では少女マンガ研究者としてサブカルチャー関連講義を担当。
Twitter:トミヤマユキコ (@tomicatomica) | Twitter

 


編集:はてな編集部