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仕事で重要なのは自己肯定感よりも“開き直り”なのかもしれない──漫画『無能の鷹』作者・はんざき朝未さん

仕事で重要なのは自己肯定感よりも“開き直り”なのかもしれない──漫画『無能の鷹』作者・はんざき朝未さん

「自分は仕事を通して成長できているのだろうか」「自分は会社から必要とされているのか」というモヤモヤを抱えながら働くビジネスマンも少なくないだろう。そんなあなたのすぐそばに、「仕事はできないけれどなぜか社内で自信満々に振る舞う同僚」がいたとしたら……?

今回取り上げる漫画『無能の鷹』(作・はんざき朝未)には、まさに「仕事はできないけれどなぜか社内で自信満々に振る舞う同僚」が登場する。本作の主人公、鷹野(たかの)ツメ子は全く仕事ができず、できるようになろうともしないが、落ち着いた口調と余裕たっぷりの態度で「仕事がデキる」オーラを常時醸し出す。一方、鷹野と同期の鶸田(ひわだ)は、仕事は卒なくこなすタイプだが、プレッシャーに弱く、自分に自信がない。『無能の鷹』はそんな二人がタッグを組み、お互いの欠点を補い合いながら、さまざまな仕事に挑戦していく物語だ。

作中、鷹野は鶸田に「会社に必要とされてるかは考えないようにしてる」とキッパリ伝える。鷹野の、このメンタルの強さを私たちも参考にできないだろうか。作者のはんざき朝未さんに、鷹野のキャラ設定を含めた、作品の制作背景について伺った。

「無能だけど爪を出してるかっこいい鷹」を描きたい

── はんざきさんは昨年漫画家デビューされていて、『無能の鷹』が初の連載作品なんですよね。

はんざき朝未さん(以下、はんざき):そうです。『無能の鷹』はもともと、漫画雑誌『ハツキス』(講談社)の読み切り作品のコンペ用に描きました。

担当編集Kさん:あまりに良い内容だったので、「これ、連載でいけるんじゃない?」と思い、相談して連載コンペに提出し、結果的に『ハツキス』の姉妹誌である『Kiss』の連載作品となったんです。

── そういう経緯があったのですね。ストーリーはもちろん、一見有能そうだけれど実は仕事ができないという鷹野のキャラ設定も斬新で面白いと感じました。この鷹野というキャラクターはどのようにして生まれたのですか?

はんざき:タイトルが先にできたんですよね。デビュー前に登場人物のキャラクターを考えていたとき、「能ある鷹は爪を隠す」の逆、つまり「無能だけど爪を出してるかっこいい鷹」みたいなキャラクターはなかなかいないなぁと、ふと思って。とりあえず「無能の鷹」というタイトルだけをメモしていたんです。

ちなみに、自分の周囲の人をモデルにしたわけではありません。(鷹野と違い)わりとみんな普通に立派だったので……。

── そんな鷹野は、仕事を通じて成長したいという欲求もなさそうですし、周囲からは仕事ができない“無能”とみなされていますよね。だからといってそのことで落ち込んだり、自虐したりはせずに、どんなときも堂々としていて自己肯定感が高い。こういう性格、正直憧れます。

はんざき:鷹野は自己肯定感が高いというよりは、「自分自身や自分の価値についてあまり深く考えない、悩まない」という感覚で描いています。なんというか……例えが悪いかもしれないのですが、人間以外の動物って「自分は自己肯定感が低いな」とか、「自分に市場価値はあるのか?」って悩まないと思うんです。そのシンプルな存在感というか、生命力の強さを意識して描いています。

できないことを自信満々に語る鷹野(第1話より) (C)はんざき朝未/講談社

── たしかに鷹野は、「自分の存在価値とは……?」と悩んだりはしなさそうです。

はんざき:一方の鶸田というキャラは、自己肯定感がとても低いタイプなので精神的に大変だとは思うのですが、自己肯定感の低さを補うために努力できているタイプですね。

クライアントとの打ち合わせで奮闘する鶸田(第1話より) (C)はんざき朝未/講談社

── はんざきさんご自身としては、仕事の上で「自己肯定できること」って大切だと思いますか?

はんざき:それがあんまり大切だと思ってないんです。ただ、メンタルの強さというか、ある程度の開き直りは生きていく上であったほうが楽なのではないか、と思います。

自分もわりと自己肯定感が低いので、鷹野の開き直り方は、ちょっと憧れを持って描いている気がしますね。

会社員時代は「給料分ってこのくらい?」程度に仕事をしていた

── 少し話はズレますが、『無能の鷹』では、鷹野と鶸田、そしてクライアントが打ち合わせをするシーンがしばしば登場します。自信満々にズレたことを語る鷹野の様子にクライアントが勘違いし、すれ違いの果てになぜか丸くおさまる展開が定番ですが、このようなシーンを描くにあたって参考にした作品はありますか?

はんざき:お笑いコンビ・アンジャッシュさんのすれ違いコント*1とか、地獄のミサワさんの「かっこつけているけど土下座するキャラ」*2。あと、作品ではないのですが、「頭良さそうにTED風プレゼンをする方法」というTEDの動画*3をちょっと参考にしたりもしました。……あ、映画『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』も観たのですが、主人公の頭が良すぎて参考にならなかったですね(笑)。

クライアントとの打ち合わせ中の一幕(第3話より) (C)はんざき朝未/講談社

── 確かに、そうした要素がありますね。この打ち合わせシーンは作品に不可欠の要素だと思いますが、そもそもなぜ舞台を会社にされたのでしょう?

はんざき:最初は学園モノも頭にありました。ですが、有能、無能みたいなテーマは仕事モノのほうが想像しやすいかな、と。

あと、自分が会社員時代、客先へ行くとき「憂鬱だなあ」と感じていたので、そうしたネガティブな思いや経験をリアルにストーリーに反映したところはあります。

── いま会社員時代というお話も出ましたが、『無能の鷹』で描かれるITコンサル企業の仕事内容については、SNSなどで「とてもリアル」と驚きの声が上がっています。はんざきさんのお勤めの経験も、ストーリーには反映されているのですか?

はんざき:漫画家になる前は一応IT系の企業で働いていたんですが、コンサルとは無関係の仕事でした。なので、現職の方にはデタラメに見えるところもあるだろうなと思いつつ、半分想像とネットで得た知識で描いていますね……。ただ、1/3くらいは実際の仕事経験が反映されていると思います。

鶸田と先輩社員のやり取り(第3話より) (C)はんざき朝未/講談社

── はんざきさんが会社員時代、どのような姿勢で仕事に臨まれていたのか、とても気になります。

はんざき:会社員時代は、自分について考えすぎても不毛なので、ある程度悩んだら目の前の作業に着手して深く考えないようにしていました。「会社に必要とされているのか?」と悩む気持ちもすごく分かるのですが、そこは開き直って、悩んだらひとまず業務に関係のある勉強をしたりしましたね。

── なるほど。仕事を通じて成長したいという気持ちは強かったですか?

はんざき:いまは漫画家として、とにかく面白いものを描き続けないとあっという間に仕事がなくなってお金に困ると思うので、成長しなきゃいけないとは思っています。

ただ、会社員時代は、この仕事を何年も続けたいのかどうかも漠然としていたので、ある程度は頑張りましたけど、「給料分の仕事ってこのくらい?」みたいな、とりあえず最低限のラインまではやっておこう、といった感覚で仕事をしていました。得意じゃない業務を振られたときには、「やってらんないよ……」と少しやさぐれたりしてもいましたし、成長したいとはあまり考えていなかった気がします。

誰しも「無能側」になる可能性がある

── 実際、鷹野のような、仕事ができないのに自信満々な人が会社にいた場合、「ちゃんと成果を出している自分よりも大きな顔ができるのはおかしい……!」と他の社員の反感を買うこともあると思うんです。でも、『無能の鷹』では、職場の人たちはあまり鷹野に振り回されていませんよね。

はんざき:鷹野に周りが振り回されないのは、鷹野自身に周りを振り回すような積極性がないからですね。振り回すタイプをマイナスだとするなら、鷹野はプラスでもマイナスでもない、ゼロに近いようなイメージです。

ただ、私自身が消極的なタイプなので、積極性はある種の才能だと思っていて。周囲を振り回すタイプの人は、はまるところにはまれば、才能として認められる気はしますよね。

── たしかに鷹野は、仕事はできませんが、強引に自分の意見を貫こうとはしませんね。

はんざき:ただボーッと生きている、的な。もちろん、鷹野にも人件費は発生しているので、作中でもよく思っていない人はいるんじゃないかと思います。鷹野に対して先輩社員がハラスメント発言を言わないように作中の人事部が気にしているので、みんな表立っては言わないだけで。あと、社員の中には「自分も鷹野のように“無能”とみなされる側にいつでもなりうる可能性がある」という想像力を持っている人もいますね。

鷹野と上司のやり取りを心配そうに見つめる人事部の社員(第4話より) (C)はんざき朝未/講談社

── なるほど。「鷹野を内心よく思っていない人もいるかも」とおっしゃいましたが、一読者としては、あの職場はわりとうまく回っているというか、人間関係にまつわるトラブルが少ないように思えますが……。

はんざき:鷹野と鶸田がクライアント先に行くシーンが中心なのでそう見えると思うのですが、それ以外のシーンでは(会社は)鷹野を持てあましまくっている……というイメージで描いています。たまたま鶸田に「自信のなさ」という欠点があったので、鷹野と組んだときにお互いの欠点を補い合ってうまくいっただけで。でも、このバランスも、鶸田が成長したら崩れてしまうので、今後の展開をどうしようか……と考えているところです。

── お互い成長しないとするなら、今後の展開が全く想像できません……。そして、お話をお伺いしていると、はんざきさんは「鷹野のような無能(とみなされがちな)人物でも組織には必要だ」とか、「鷹野のような姿勢はすばらしい」というスタンスではないのですね。

はんざき:そうですね。私自身は世の中のことを全く分かっていないので、「組織はこうあるべき」といったことを伝えたいとは思っていないですね。ただ、こういう職場もあるんじゃないかな、という感覚で描いています。

── とてもフラットな視点で描かれていると感じました。作中にごく自然に女性の代表取締役が出てきたりするのも特徴的だなと。

はんざき:『無能の鷹』は男女の問題よりも、個人の能力の問題をメインに描きたいという思いがあります。もしもこの世の中からあらゆる格差がなくなったとしても、個人の能力が誰かに評価されることで生じる「能力の問題」だけはしぶとく残るんじゃないかと思っていて。

クライアント企業の女性社長(第6話より) (C)はんざき朝未/講談社

── 能力の問題を描きたいからこそ、ジェンダー観はあえてフラットに描かれたということでしょうか?

はんざき:そうです。『無能の鷹』では男女の問題より個人の問題に焦点を当てたいので、ジェンダーの問題はある程度解決されている近未来、のようなものを勝手に想定して描いています。

── 今後の展開がとても気になります。最後に、はんざきさんが作品を描く上で大切にしていることを教えていただけますか。

はんざき:やっぱり、エンタメとしての面白さを大事にしたいと思って描いています。先ほど「能力の問題」という表現をしましたが、社会的なメッセージ性をそこまで主張したいわけではありません。誰もが鷹野のように“無能”とみなされうる、という前提さえ伝われば、あとは面白く読んでいただけるとうれしいなと思っています。結末に関してはざっくりとは決まっているのですが、まだふわっとしています。今後の展開がどうなるのかぜひ楽しみにしてもらえたらと思います。

取材協力:はんざき朝未

漫画家。『ハツキス』10号(2019年3月刊)でデビュー。現在『Kiss』で隔月連載中。『無能の鷹』単行本1巻は9月1日に重版出来予定。

取材・文:生湯葉シホ 編集:はてな編集部

*1:すれ違いや勘違いが思わぬ方向に転がっていく、という筋書きの、お笑いコンビ・アンジャッシュの代名詞とも言えるコント。
*2:ブログ「女に惚れさす名言集」に登場するスーツ姿のキャラ、masaのこと。情けないセリフを自信満々に言う、仕事をせずあらゆることを土下座で乗り切るという設定が話題に。
*3:ウィル・スティーヴンさんが「何にも話すことがなくても、すごい話をしているように見せられるプレゼンスキル」というテーマで披露したプレゼンテーション。 元タイトル:How to sound smart in your TEDx Talk | Will Stephen | TEDxNewYork

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