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16兆円のゲーム産業 SNS中心の現代でいかに共有されるコンテンツを作るか?

16兆円のゲーム産業 SNS中心の現代でいかに共有されるコンテンツを作るか?

私はゲームジャーナリスト、編集者として活動しながら、2500万PVを達成したゲーム批評ブログ「ゲーマー日日新聞」の運営もしている。ほぼゲーム漬けの毎日だ。そんな仕事柄、都内で色々な路線を利用しているが、いつ、どの電車に乗っても、乗客がひとりもゲームで遊んでいないという状況に出くわしたことがない。

ある学生はNintendo
Switchでポケモンを楽しみ、ビジネスマンはスマートフォンで何らかのRPGを集中してプレイし、女性はパズルゲームに夢中になっている。もちろん、わざわざ画面をのぞき込むなんて失礼なことはしていないが、自然と人々が熱心に握りしめるデバイスから発せられる、ゲームならではの光や色彩から、すぐ「あぁ、この人もゲームで遊んでいるのだな」と分かってしまう。

今、ゲーム産業は急成長を遂げている。「Newzoo」によれば2019年の時点ですでにゲーム産業は世界全体で約16兆円の規模に到達したという。これは映画産業の約4倍の数値である。しかも2018年と比べて約10%の成長を続けており、この快進撃はまったく留まる気配がみられない。現在、新型コロナ禍の影響もあり、家で楽しめるエンタメに注目が集まっているが、ゲーム産業にとっても追い風であることは言うまでもない。

何故、ゲーム産業がここまでの成長を見せたのか。その理由はいくらでも推測できるが、私は「ゲーム実況・配信」を中心としたデジタルマーケティングの著しい成功が大きく貢献したのではないか、と考えている。

「ゲーム実況」とは、YouTubeなどにアップロードされている、ゲームを実況するように遊び、しゃべる様子を撮影した動画のことで、ゲーム配信はこれをリアルタイムで配信するものと考えてほしい。

配信プラットフォームの中でも最大手「Twitch」は、2020年第一四半期にて史上初の累計30億視聴時間を記録した。

参考:Twitch,四半期の総視聴時間が初めて30億時間を突破

また、YouTubeにおけるトップクラスのクリエイターの多くがゲーム実況で成功しており、VanossGaming(チャンネル登録者数2500万人以上)、Markiplier(チャンネル登録者数2600万人以上)、PopularMMOs(チャンネル登録者数1700万人以上)、PewDiePie(チャンネル登録者数1億人以上!)など、トップユーチューバーの半数近くがゲーム実況者というから驚きである。

昨今のゲーム市場の成功は、ゲームそのものの魅力に加えて、動画・配信によるユーザー主体の発信と、ユーザー同士のコミュニケーションによるシナジー効果がカギになったと考えられる。

こうしたゲーム市場黄金期は、何も偶然もたらされたものではなく、積極的かつ柔軟にゲーム関連企業がこうした状況を作り出し、ユーザー同士のコミュニケーションとクリエイティブを促したことで実現できたのだ。では、各社がどうやって今日の黄金期を生み出すための仕掛けづくりを行っていったのか。今回は、デジタルマーケティングを取り入れ成功した事例を中心に、その工夫と努力の一部をご紹介したい。

2010年『Minecraft』黎明期に起きた奇跡

 

 

ゲームで遊ぶのではなく、遊んでいる様子を「見る」という文化の歴史は意外にも長い。すでに1978年には小学生向け漫画雑誌『月刊コロコロコミック』上で、架空のキャラクターが難しいゲームに挑戦するという『ゲームセンターあらし』が連載されていたし、1986年にテレビ東京で放送が始まった『高橋名人の面白ランド』では当時、株式会社ハドソンの社員だった高橋名人がゲームで遊んだり、他タレントと対戦したりする様子が放送されていた。極めつきは2003年の『ゲームセンターCX』で、お笑いタレントの有野晋哉さんが四苦八苦しながらゲームで遊ぶのを映すというのは、現在の(日本人による)ゲーム実況のフォーマットを作り上げたといっても良いだろう。

とはいえ、これらのゲーム実況はあくまで番組として作られたものであり、一般ユーザーが自発的に動画を投稿しているわけではないので、現在のゲーム実況と大きく異なる。では現在のゲーム実況、それも国際的なゲーム実況文化の形成はどこにあったかと考えれば、おそらく『Minecraft』が最も大きな影響を与えたと私は考えている。

YouTubeにおける『Minecraft』はα版(未完成版)において、すでに相当数の動画が確認されていたが、そこから正式版が発売され、かれこれ10年近く経過した2019年においても、YouTube上で「最も視聴されたゲームランキング」1位に輝いている。いうまでもなく、例外中の例外だ。

参考:YouTube's list of the 10 most-watched video games of 2019 proves that new games aren't the most popular online

『Minecraft』は2010年、Notchと名乗るスウェーデン人がたった一人で作り始めたサンドボックス型のゲームである。サンドボックスとは文字通り「砂場」という意味で、プレイヤーはいろいろなブロックを積み上げたり、そのブロックで構成された世界を冒険したりするというものだ。『LEGO』のようにプレイヤーそれぞれの独創性が発揮できる点からYouTubeでも大ブームとなり、世界中の『Minecraft』ファンが自分の作り上げた世界観や冒険談をアップロードした。

加えて『Minecraft』の特徴として「MOD」の存在があげられる。これはPC版の『Minecraft』のみで導入できる、ユーザーメイドのアドオン(ソフトウェアに後から追加できる拡張機能)のことである。単にブロックのテクスチャを書き換える程度のものから、便利な機能の追加、全く新しいゲーム性を導入するものまである。開発チームのMojang(現・Mojang Studios)も定期的なアップデートを施しているが、それ以上にユーザーが膨大なMODを公開したことで、飽きるまで永遠に『Minecraft』で遊ぶことができるのだ。そしてそれは、もちろんゲーム実況者にとってもありがたいポイント。一度『Minecraft』のファンの心をつかんだら、そのゲームをずっと実況し続けられるのだから。

こうしたクリエイティブの塊のようなゲームデザインが『Minecraft』を10年、YouTubeという巨大プラットフォームの定番にし続けた十分な理由として紹介できるが、もう1つ注目したいのが、開発したMojangの姿勢である。

先述した通り、『Minecraft』はNotchという男性が一人で作ったゲームだ。ゲームが売れるにつれてNotchはMojangという会社を興すのだが、ベンチャー企業の柔軟な気質のおかげか、YouTubeへの動画投稿で発生する収益を認め、当時としては極めて珍しい規約(EULA)を2014年に制定したのだ。これは元々、Notch自身がユーザーと徹底的にコミュニケーションをとりながらゲームを同時開発するという異様な開発姿勢にも裏打ちされたものだろう。

『Minecraft』から学べることとして、SNS全盛の現代においては「シェアされやすいコンテンツ作り」が重要になる。そしてその上で、企業が自らユーザーとコミュニケーションをとりつつ、ユーザーの発信や創作を応援する姿勢が問われるのだ。

2014年『PlayStation4』Shareボタンで広がるユーザーの交流

Valentin Valkov / Shutterstock.com

世界を牽引する日本ゲーム企業の1つといえばソニー株式会社(以下、ソニー)だ。2019年の売上高を、1位こそ中国のTencentに譲ったものの、3位以下と圧倒的な差をつけて2位に躍り出ている。「PlayStation 4」(以下、PS4)を中心とする家庭用ゲーム機の著しい成功に加え、多種多様なサードパーティを抱えた多角的な収益がその理由だろう。PS4は2019年においてもNintendo Switchをわずかに上回る販売台数(1770万台)を維持している。

「ハードの性能が高いだけでは、なかなか買ってもらえない」といった状況を受け止めたソニーは、2014年に発売したPS4にて驚くべき機能を搭載する。それが「Share」ボタンだ。 ゲーム内で撮影した画像(スクリーンショット)や動画を、SNSや動画投稿サイトにPS4単体でアップロード・配信できる上に、動画であればPS4内のアプリで編集までできるという、当時としては画期的な機能だった。更に別売りのPlayStation Cameraを利用すれば、ゲームで遊ぶ姿をカメラで撮影することまで可能だ。

基本的に家庭用ゲーム機で遊ぶ様子を録画するときには、PCを用意し、さらに撮影用の機材やソフトウェアも別途用意する必要がある。それがPS4というゲーム機1つで完結するというのは、ユーザーがゲーム実況を撮影するハードルを大きく下げたことを意味する。

中でも特徴的なのが、このShareボタンが、専用のワイヤレスコントローラー(DUALSHOCK 4)に搭載されていることだ。つまり、ゲームのプレイに夢中になったまま、同じコントローラーでシームレスに撮影→投稿が可能になるということ。偶然「良い試合だった」とか、「難所を突破できた」といった些細な理由の動画でも、すぐに一流のYouTuberたちのように投稿できたわけだ。

このShare機能を利用したPS4ゲームの画像・動画・配信は、現在世界中のプラットフォームに投稿されており、そこから無数の若いクリエイターを生み出している。この機能は任天堂株式会社のNintendo Switchなどにも導入されたほど、画期的な機能といえるだろう。

このように、プロダクトにユーザーによる発信を促す、または手助けする機能を搭載することは重要だ。仮にゲーム機でなくても、例えばカフェであれば、Instagramに掲載するためのハッシュタグをお店で決めて店内に掲示しておくとか、見本となるような画像や動画を公開しておくなどすれば、ユーザーが発信するためのハードルは大きく下がるはずだ。

2020年『VALORANT』インフルエンサーをどう起用するべきか

昨今のデジタルマーケティング×ビデオゲームの成功例といえば、やはりRiot Gamesのシューティングゲーム『VALORANT』が印象深い。正式リリース前にもかかわらず300万人のユーザーを確保した本作だが、大々的な宣伝などは、私が確認する限りほとんどなかった。広告にかけた費用は、一般的な大作ゲームと比べてかなり抑えられていると考えられる。

それでも『VALORANT』はSNSを中心に大きな話題となった。その「仕掛け」はずばり、インフルエンサーの起用だ。本作はリリースされる前のベータ版の段階で、有名なゲーム関係のインフルエンサーたちが多数、配信サイトなどを通して遊ぶ様子がシェアされていた。インフルエンサーとは、SNSなどで特に影響力を持つ人々のことだ。その影響力の高さから、既に「インフルエンサーマーケティング」など個別に研究する例も増えている。

彼らが積極的に『VALORANT』をプレイしたことで、配信サイトTwitchでは1日あたり3400万時間もこのゲームが遊ばれる様子が視聴され、まだベータ段階で合計4億7000万時間視聴されたという。

参考:スター選手が集結する『VALORANT』、eスポーツシーンは盛り上がるのか?

このキャンペーンの非常に巧妙なポイントが、インフルエンサーたちを雇い、彼らに無理やり笑顔を作らせて数十秒のCMを作ったわけでなく、あくまで彼らの自主性にゆだねたところだ。最初は数人のインフルエンサーを招待し、ベータ版では希望する多くのインフルエンサーにゲームで遊ぶための権利を配った。数人のインフルエンサーを露骨に「宣伝大使」として仕立て上げると、ユーザーには胡散臭く思われてしまいがち。しかし『VALORANT』は多様なインフルエンサーを受け入れつつ、彼らと一定の距離を取ることであくまで自然なユーザー同士のコミュニケーションをみせることができた。

さらに、『VALORANT』はインフルエンサーの配信を視聴している一般ユーザーにも低確率だが、ゲームで遊ぶ権利を配った。誰かの配信を見ていると、「ドロップ」といってTwitch側からキーが贈られてくる。その結果、ゲームで遊びたいユーザーは配信を視聴し、キーをもらえたら次は自分が配信するという、配信の連鎖が起きたのだ。

インフルエンサーからすれば、自分の投稿に注目が集まるのはうれしい。ユーザーにとっても、いち早くゲームで遊べるとうれしい。こういった両者のメリットがかみ合ったことで、『VALORANT』はブームを形成していったのである。

ここで学べることは、まずインフルエンサーを起用するキャンペーンは「距離感」を意識するということ。あからさまにインフルエンサーとの距離をつめ、宣伝の仕方を指定するのは、マスメディアにおけるCMの規模が小さくなっただけの劣化版になってしまう。しかし、全く自分たちの関与を示そうとしないのでは、ステルスマーケティングにもなりかねないので、注意が必要である。

何より大切なのは、そうした距離感を意識したうえで、インフルエンサーに対して自由を認めるということ。仮にインフルエンサーがプロダクトに納得がいっていなくても、そこに対して圧力をかけてはいけない。インフルエンサーにもファンがいて、ファンとの交流こそが最大の価値がある。その交流が最大化すれば、必然的にコミュニティ全体でも話題となり、商品の魅力が広まっていくはずだ。

ゲーム市場におけるデジタルマーケティング、3つの鍵

最後に、ここまで紹介したゲーム市場の成功を支えたデジタルマーケティング事例の内容から学べるポイントをまとめる。

1.まずは、シェアされるプロダクトの作り方を意識する
例えば、ユーザーが自分のメッセージを書けるとか、好きにカスタマイズできるなど、独創性が発揮されるものはSNSでもシェアされやすい。

2.シェアするための導線を用意して、シェアすることのハードルを下げる
QRコードやハッシュタグ、見本となる発信など、これさえ見ておけば誰でもすぐにシェアできるという環境を整える。

3.インフルエンサーを活用する場合には、彼らとの距離感を意識する
あくまで自由な表現を認め、彼らを取り巻くコミュニティにゆだねる。

ゲーム市場のデジタルマーケティングにおいて重要なことは、とにかくユーザーの自主性にゆだねることではないだろうか。企業側の「こう見られたい」「こう評価されたい」という主張が強過ぎると、ユーザーが「聞く」のではなく「言う」ことが当たり前になっている現代社会では裏目に出てしまう可能性が高い。プロダクトに価値や魅力がちゃんと備わっていることはもちろん、それを伝えるうえで、あくまでユーザーが表現しやすく、またそれを企業が積極的に認める状態を作ることで、評価される商品が作り出せるだろう

(編集:はてな編集部)

著者:ジニ

ゲームジャーナリスト、批評家、編集者。ゲームの文化的価値を発信するため、2014年ブログ「ゲーマー日日新聞」を設立。5年で2500万PV達成。2019年からTBSラジオ「アフター6ジャンクション」に出演、2020年5月には書籍『好きなものを「推す」だけ。共感される文章術』を上梓。

ブログ:ゲーマー日日新聞
Twitter:@J1N1_R

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