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どうも初めまして。アフリカ「王国テレビ」元ディレクターの小野と申します。
「おいおい、王国テレビってどこだよ!(ビシッ)」と早速ツッコミをいただきそうですが、それはこれからのお話をお楽しみに!
最近は以前よりもアフリカが日本人にとって身近になり、現地でNPOを立ち上げたりビジネスで渡航したりする方も増えました。しかし「現地テレビ局で活動」「現地から世界で初めて?の『ニコ生』『ツイキャス』配信」そして「西アフリカ最高峰のカメルーン山登頂」の三冠を達成したのは、世界広しといえども、わたくし一人だけのはず(たぶん)。
自分は現在フリーランスの映像プロデューサーとして、海外の放送局で働きながら、異文化を伝えるビデオドキュメンタリーの制作をライフワークとしております。そう聞くと「よっぽど語学が堪能なのか」とか、「特殊な生まれや育ちなんだろうか」と思われるかもしれませんが、そんなことはありません。
「きっと自分しかやらないだろうなー」ということを選んで進路を決めているうちに、だんだん自分独自のキャリアができていったような気がします。その原点となったのは、アフリカ「王国テレビ」での強烈な体験でした。
そもそも社会人のスタートは、NHKの番組制作会社でした。入社した頃は、仕事は常に忙しく厳しかったけれど「制作現場」特有の自由さと活気がありました。期日(放送日)に間に合えば、後は何をやっていても良いというか。会社には寝袋を置いてよく泊まり込んでいたし、夜中にぬいぐるみの人形を一コマずつ動かして、コマ撮りアニメを作って遊んだりしていました。
しかしずっと満足して仕事ができたかというと、そうではありません。一通り仕事を覚えて、自分が独り立ちして企画を求められるようになると、これが全く通らないんですね。自分は若い人向けの番組を作りたかった。当時の自分は「同世代向け」の番組がやりたかったんです。ところが、そういう企画は通る気配がない。
もちろん自分の能力の足りなさもあるけれど、有り体に言えば「企画を採用する人が自分より年配だから」です。ちょうど2000年“ゼロ年代”というのは、ネットがどんどん面白くなっていって、若い人が情報を得るのも動画を楽しむのも、テレビからネットにシフトしていった時代です。テレビは若い世代にアプローチできず、今まであるものを繰り返すばかりで、かつての精彩を欠いていくように見えました。
「このままここにいて良いのだろうか」といらだちが募り、ついに12年間働いた会社を辞めてしまいました。全く違う場所で働いてみたいと思ったのです。
そこで参加したのが、JICA(独立行政法人国際協力機構)の青年海外協力隊です。ちょうどアフリカ「王国テレビ」で番組制作の支援をする案件があり、現地に実際に住みながら働けることが非常に魅力的でした。
そうして派遣されたのが、バムン族による「バムン王国」です(正確には“旧”王国)。中央アフリカのカメルーンという国の中にあり、すでに行政的な実権はないものの、今でも王様と王室が伝統勢力として残り、地域振興の事業を行って住民たちから尊敬を集めています。
その王様が2011年に「うーん、うちもそろそろテレビでもやるか」とポツリと呟いたのがきっかけとなり(?)設立されたのが「王国テレビ」です。
ほとんど予備知識もなく、スーツケース2個だけ持って現地に行ってみて驚きました。テレビ局のスタッフはたったの4人。カメラはお父さんが子どもの運動会を撮影するような10年前のハンディカメラ。しかも、スタッフは撮影に行くのにしばしばバッテリーを充電しておくのを忘れる、というおまけ付きです。
雨季に雨が降ると、天井から雨漏りして編集作業のパソコンの上に落ちてくる。慌ててみんなでマシンを雨の当たらないところに移動しているうちに、バーンと停電になって、編集データは消え、放送も中断です。
「王国テレビ」スタジオでの番組収録風景
当初は「なんてところに来てしまったんだ」と唖然(あぜん)としていました。つまり、この放送局は「人もお金もない」のです。
停電は頻繁に起こります。初めは「停電になったらやることがなくなって、スタッフがみんな家に帰っちゃうんじゃないか」と思っていました。よくある物言いでは「発展途上国の人たちは仕事が嫌いで、やる気が薄い」と語られることもあると思います。ところが、スタッフは誰も帰らない。「停電が終わって電気が来たら、ただちに復旧作業ができるように待っている」のでした。つまり、このスタッフたちは「やる気はある」のです。
やるからには、この地で“世界標準のクオリティー”のドキュメンタリーを制作したい。そう考えていた自分は「あ、これは甲子園に行く話だな」と思いました。リソース(人やお金)がない逆境の“弱小チーム”が、一致団結することで強豪を次々倒し、ついには甲子園への出場を果たすという定番のストーリーです。
結論からすると、自分は現地で目標の半分は達成し、半分は達成できなかったと言えます。
働き始めて丸々1年間は、ほぼ何もできませんでした。現地の流儀を全く知らなかったので、何を言っても信頼を得ることができなかったからです。
さらに輪をかけて、言語の壁があります。現地ではフランス語を使うのですが、日本で3カ月、現地で1カ月、合計4カ月の詰め込み特訓をして、ようやく日常会話ができる程度でした。仕事をしながら言葉を覚え、さらに家に帰ってからニュースを聞いたり読んだり、書き写したりして勉強していました。
ようやく2年目に、そこそこ自分の意志が伝えられるようになってきました。そこでようやく、“世界標準のクオリティー”のドキュメンタリー制作に向けて動き出しました。
現地スタッフに映像編集をレクチャー
まあ“世界標準”という表現は、モチベーションを鼓舞するだけのものであって、要するに「撮影する前に、番組が何を伝えるかの目的を決めて、それに従って構成台本を作り、意図をもって撮影しにいこうね」というだけです。
「わりと当たり前じゃないか」と思われた方がいるかもしれませんが、「王国テレビ」はそれまで、そういった事前の準備をした試しがなかったのです。たいてい「今日はドキュメンタリーを撮影しにいこう!」と言って、ぶっつけ本番でどこかの村を訪れたり、学校に行ったりしてその場の流れで「この学校は今どんな様子ですか?」といったことを聞く、というだけのものでした。
自分は言葉ができないので、カメラ(と編集)を担当していましたが、あまりにも何の意図で番組を作るのかが分からず、しょっちゅう怒って現地のスタッフとけんかをしていました。何回衝突したか分かりませんが、結局最後まで“王国テレビ流”のドキュメンタリーのスタイルは変わらなかったし、納得のいく説明も聞けませんでした。
そういうわけで“日本流”の番組制作手法をお手本として、情報を過不足なく盛り込み、頭からおしりまでバランスよく構成した番組を目指して、自分が実際にやってみせながらアドバイスをしていきました。
最終的に3本のドキュメンタリー番組を完成させ、カメルーン国営放送に持ち込んで「全国放送」を果たしました。「王国テレビ」はカメルーンの一地方にすぎないので、「全国放送」というのは、まさに“甲子園出場”を成し遂げたようなものです。
しかし、この“日本流”(または“世界標準”)がどれほど現地の生活に適合していて、彼らが将来目指すべきやり方だったのかは、非常に疑問が残りました。
すなわち、アフリカの放送文化がこの先もっと発展・進化していくとして、現地の発展の様態は、日本や先進国が発展してきたように進むとは限らない。同じ道を後から歩んでいくのではない、ということです。これが「半分達成できなかった」ことの意味です。
先ほどの“王国テレビ流”ドキュメンタリーの例で言うと、彼らが目の前の出来事を、無分別に手当たり次第に撮っているように見えたのは、そうすることが彼らの意図だったのだと、今振り返ってそう思います。いや、実際は意図もなく、きっと無意識にそうしていたのでしょう。
現地で生活して初めて分かりましたが、彼らの時間の感覚は日本人に比べてとても長く、連なりがあります。会議も儀式も驚くほど長く果てしなく、その情報の質よりも、過程の方が重要なことのように思えました。
例えば会議の様子を撮影したとして、“日本流”では各話者の要点をまとめて30分の番組にしようとするでしょう。しかし“王国テレビ流”では、そういう発想をしません。2時間でも3時間でも、会議が終わるまで(あるいはカメラのバッテリーが切れるまで)撮影し、放送します。会議だけでなく、外ロケでも、ニュースの素材でも、ほぼノー編集で、撮ってきたものを撮ってきた順番に過程も含めて見せることが自然に行われ、あるがままであることが最優先事項のようでした。つまり、彼らにとってのテレビ番組とは「擬似ライブ中継」だったのです。
物売りをして町を歩く現地の子どもたち
さらに番組を見る住民たちにとっても、その方式が生活のリズムに合っていることが分かりました。実際テレビは、流しっぱなしで、気が向いたら耳を傾けるラジオに近い視聴の仕方をされていました。現地は停電も多いし、雨が降るとトタン屋根なのでうるさく、テレビの音がほとんど聞こえなくなってしまいます。集中してテレビを見る環境が、そもそもありません。
だから、コンテンツはなるべくゆる~く作っておいた方が良かったのです。時には繰り返したり、時には音楽を挟んだりして間白を作る。情報を要領よく濃縮してしまうと、見る人もついていけないし、良い効果も得られないはず。そのことを「王国テレビ」のスタッフは経験的に内面化していたのだと、自分は見立てています。
「王国テレビ」で働き始めた初期の頃の自分は「ここの人たちは、こんなこともできないのか。知らないのか。未熟だなあ」と思っていました。しかし今は、彼らには現地に適合した流儀があり、住民たちのニーズにしっかり応えていたのだなあと思います。
「王国テレビ」の経験から学んだのは、相手の価値観やペースを尊重するということです。これは何にでも通じるかもしれませんが、自分が良いと思った価値観と違うからといって否定してしまっては、何も得られません。
帰国した後も、“日本流”のやり方を押し付けたことに反省が残っていました。
そこでもう一度違う発想でドキュメンタリービデオを撮影したくなり、再びカメルーンを訪れることに。今度は、制作手法も現地の感覚に合ったものにしようと思ったし、テーマも彼らの大切にする価値観を積極的に見つけることを目指しました。
お金をかけない、時間をかける、身近な人のつながりに頼るという取材方針を立て、日本の大手の放送局が海外取材で行うであろう手法の、その逆をやろうと思ったのです。これは「王国テレビ」の流儀そっくりそのまま。特に、人のツテをたどる。これがとても重要でした。
具体的には、宿泊はホテルに泊まらず、人の家から家へ渡り歩くようにホームステイしながら、テーマを探しました。人のつながりを大切にする風土だからこそできたのかもしれません。素性の分からない外国人でも、知り合いから知り合いを紹介してもらうやり方で信頼してもらうことができました。
一緒の家に暮らしていれば、現地の素のままの生活リズムを垣間見られるし、彼らが何を大切にしているかが分かります。その中から、現地の「伝統医療」というテーマが浮かび上がってきました。
カメルーンでは、現代医学による医療も受け入れられている一方、まだまだ「呪術師」による伝統医療が強く支持されています。昔の自分だったら「遅れているんだなあ」と思ったかもしれませんが、この時は「とても面白いテーマだ」と思いました。
「呪術師」の取材風景
科学的な医療の効果は知識としては知っている上で、それでも「おまじない」や「占い」を信じているカメルーンの人たち。それは、私たち日本人にも当はまるので、共感が得られるし理解しやすいテーマだと思ったのです。
実際に「呪術師」の家に泊まり込みで取材や撮影をさせてもらいました。2週間ほどですが、合計50人ほどの「治療」の様子を観察して撮影。この作品は2018年の「東京ビデオフェスティバル」に入賞し、アワードを受賞したのです。
カメルーンでの経験は、自分のキャリアを広げるきっかけになりました。組織を辞めて以来、自分にとってのキャリアを作る原動力の一つが「悔しさ」にあった気がします。特に2回目の現地訪問でのドキュメンタリー制作では、日本の組織の中で到底できなかったことに対しての「自分がやらなくてはならない」という信念が根底にあったのです。また「王国テレビ」では相手の流儀を軽んじていた反面、自分も相手から馬鹿にされていたのを感じていました。その悔しさが「よし、今度は相手の流儀の良さを取り入れよう」という発想につながったと思います。
その後の自分は大学講師の職を経て、2020年の3月まで、ミャンマーの放送局で働いていました。ミャンマーの仕事では、今度は英語がうまく喋れず恥ずかしく悔しい思いをしました。今後も海外を舞台に働こうと考えているので、英語力の向上は課題です。帰国してからは、英語の勉強を毎日続けています。
新型コロナウイルスの流行で先行き不透明な時代ですが、将来的には「アフリカのメディア環境を調査して論文にまとめたい」と構想しています。日本や先進国とは全く異なるメディアマップが出てくるでしょうから、これは大変興味深いです。
自分が進路を選ぶ際には、自分の強みが生かせそうなこと、また無意識的に「人があまりやらなさそうなこと」を選んでいるような気がします。人がやらない分野は、注目もされにくいしニーズもあるのかないのか分かりません。しかし、それに取り組み続けることが、自分の人生をオリジナリティのあるものにするのではないかと思っています。
(編集:はてな編集部)
著者:小野洋文(おの ひろふみ)
1974年山梨県生まれ。大学卒業後NHKエデュケーショナルに入社し「おかあさんといっしょ」「生活ほっとモーニング」などの番組ディレクター、プロデューサーを務める。2013年より青年海外協力隊に参加し、カメルーン国で番組制作職。帰国後、名古屋大学大学院国際言語文化研究科博士前期過程を修了(メディア論)。明星大学、名城大学の講師を務めたのち、今年3月までミャンマー国の放送局に勤務。現在フリーランスの映像プロデューサー。
ブログ:とほカメラ
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