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大企業→インド→チームラボ→しいたけで起業 しいたけで世界平和を目論む「椎茸祭」代表・竹村賢人さん|クレイジーワーカーの世界

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「自分の仕事が好き」。心からそう言いきれる人は、どれくらいいるのだろうか? 単に賃金を得るための手段ではなく、人生を賭するライフワークとして仕事に打ち込む。結果、一般的な幸せやレールから外れることになっても、おかまいなしに没頭し続ける。そんな、少しはみだした「クレイジーワーカー」の仕事、人生に迫る連載企画。今回お話を伺ったのは、株式会社「椎茸祭」代表取締役の竹村賢人さんだ。

椎茸祭は、文字通り「しいたけ」を軸にしたビジネスを手掛ける会社。1年半前に竹村さんが起業し、今はしいたけを使った「おだしドリンク」の製造・販売などを行っている。

新卒で大企業に入社するも、すぐに退職。キャリアに悩んでインドに渡り、インド人の朗らかさに癒され再起するも、務めていた事業所の閉鎖で日本へ帰国。その後はチームラボでデジタルアートに携わったり、会社を作ったり……。31歳にして、濃密な人生経験を積んできた。そんな竹村さんの歩み、しいたけに開眼するまでの紆余曲折について伺った。


しいたけで世界平和を

── 竹村さんは、椎茸に関連した事業で「世界平和の一助」になるというミッションを掲げています。椎茸と世界平和がどうつながるのか、まずはそこからお話いただけますか?


竹村さん(以下、敬称略):では、まずはこちらを飲んでいただけますか? お湯で割った、しいたけの「おだし」です。


椎茸祭の主力商品「oh! dashi」。液体タイプのだしを150mlのお湯で割って飲む

── おいしい……それに、なんだかほっとします。


竹村:だしを飲むと「はぁ~」ってなりますよね。リラックスって、要するに「息を抜く」ことだと思うんです。イライラしていたり、怒っていたりする人って呼吸が浅いじゃないですか。だから、深く息を吐くことを習慣化するためには、おだしを飲むのがいい。お風呂もいいけど、おだしは手軽ですよね。これならお湯を注ぐだけですし。


── なるほど。確かに、これを飲むとリラックスして穏やかな気持ちになれますね。


竹村:そう。「気持ちが張り詰めてきたら1回オフにする」ということが大事だと思うんです。仕事中は根詰めてやりたい人も多いでしょうが、オフにしても意外と大丈夫なので。そうやって「息を抜く」習慣を持つ人が増えていけば、みんなの心が穏やかになり、世界平和に近づいていくんじゃないかなと思っています。


── ただ、世界中の人々に届けるとなると、果てしない道のりですね……。


竹村:そこで、しいたけなんです。うちのしいたけだしは菜食主義の方にも飲んでもらえるので、より多くの人に届けることができます。「うま味」というのは2種類の掛け合わせでおいしさの相乗効果を生むのですが、一般的にはかつお節(イノシン酸)と昆布(グルタミン酸)の掛け合わせが多く、ベジタリアンの方はかつおだしもNGなので、飲むことができません。そこで、かつお節の代わりにしいたけに多く含まれるグアニル酸と昆布のグルタミン酸を掛け合わせることで、うま味を作ろうと考えました。グルタミン酸は昆布以外にもさまざまな食材に含まれていますので、しいたけを軸にすれば相方が選びやすいのも利点ですね。国ごとの食材でしいたけのパートナーを見つけていけば、世界中で飲んでもらえるんじゃないかと考えたんです。


モテない人生への憤りから、インドでベジタリアンになる

── しいたけと世界平和、つながりましたね。ちなみに、竹村さんがしいたけに注目するようになったきっかけは?


竹村:新卒で入った会社を2011年に退職し、1年間インドで暮らしていたのですが、そこでの経験が一つのきっかけですね。インドの人って40%くらいがベジタリアンで、動物性のものを摂らないんですよ。だから、来日したインド人はあまり食べるものがない。日本の料理はかつお節や鶏のだしが多いですからね。その時にぼんやりと、おいしいベジタリアンフードが作れないかと思い、グアニル酸を最も多く含む、しいたけのだしに目をつけました。


── 竹村さん自身もベジタリアンなんですか?


竹村:インドで暮らしていた時は、肉はほとんど食べなかったですね。肉を食べたくなったら、パニールというチーズか、きのこを食べていました。向こうではそれが肉の代わりなんです。それで、きのこのおいしさに開眼したところもあります。


── 肉を食べなかったのは、インドで信仰に目覚めたとか主義が変わったとか、そういう感じですか?


竹村:いえ、そういうことではなくて、僕の動機は「憤り」ですね。


── 憤り……ですか?


竹村:僕、人生でモテたことがなかったんですよね。大学を出て、いい会社に入って、「さあモテるぞー!」と思ったのに全然でした。ちょっとおかしいんじゃないかと憤りを感じまして……。20代前半くらいの日記を読み返すと、ほとんどがモテないことへの悩みですからね。


── それで、ベジタリアンですか?


竹村:どうせモテないのであれば、いっそモテようとする邪念を消し去ってしまおうと思ったんですよ。せっかくインドに来ているんだし、さまざまな欲求を遠ざけることで自分を徹底的に清めてみようと。まずは肉を断つこと、それから甘いもの、もちろん色欲も。その頃、日本の友人からなぜか女性アイドルの写真集が送られてきたんですけど、中身を開かずに封印しました。開いた瞬間に、何かが溢れ出してしまいそうで。ともかく、インド時代はお坊さんのような生活をしていました。感覚が研ぎ澄まされて眠れないから、徹底的に運動して体を疲れさせたりして。あれはあれで貴重な体験でしたね。モテるとか、どうでもよくなりましたし。


インドにいると、根拠なき自信が芽生えてくる

── 脱線ついでにお聞きしますが、そもそもなぜインドに行かれたんでしょうか?


竹村:それが、特に理由はなくてただの勢いですね。新卒で入った会社を1年で辞めてしまい、東日本大震災直後ということもあって転職活動もうまくいかない。無職になって考える時間ができたら、いきなりキャリアでつまずいてしまったことが、思いのほかショックだったことに気付いたんです。そこで、このまま日本にいてもじり貧だし、海外にでも行ってみるかと。アメリカは銃で撃たれそうだから怖いし、インドなら旅行で行ったこともあったし安心かなって。


── 仕事のアテはあったんですか?


竹村:全くなかったです。向こうに行ってから履歴書を作って、いろいろな会社にメールを送り、返信が来たところからアクションしていきました。運良くインドのIT企業に拾ってもらいましたけど、英語も話せないしその頃はプログラムも書けなかったので、仕事をしているフリすらできないような状態。だから、とりあえずひたすらニコニコしていました。


── 笑ってごまかす作戦だ!


竹村:その時はプログラミングの勉強くらいしかやることがないから、とりあえずお茶くみを始めましたね。インドって10時半と15時に「チャイタイム」があるんですよ。それとは別にランチタイムがあって17時に終業なので、考えたらぜんぜん仕事してないですよね。ほぼチャイを飲んでいる。オフィスにチャイを売りに来る「チャイワラ」っていう行商人もいるんですけど、うちの会社に来ていたチャイワラがいつも笑っていたので、それをマネして「日本人チャイワラ」としてチャイをニコニコと売り始めたら繁盛しました。それで生計が立つくらいみんなが買ってくれて。だんだんインド映画のものまねとかもするようになったら、さらに喜ばれるようになりました。日本人がやるボリウッド*1ものまね、ウケるんですよ。


── すごい! 全力でインドに溶け込もうとしてますね。


竹村:愛されないと何も始まらないので……そこから自分のできることを少しずつ広げていきました。まずはチャイワラのポジションを押さえて、机の掃除をしたり、雑巾がけをしたり。最初はつらいこともあったけど、みんな優しいし、夜になると踊ってハッピーな気分になれる。将来への不安とかもなくなって、そのうち根拠のない自信が芽生えてくるんですよ。何をやってもうまくいくような気になってくる。インドにいると、なぜかそうなるんです。帰国して4年たちますが、今も前向きなスタンスで働けているのはインドのおかげかなと思います。


異能集団「チームラボ」で頭角を現すためにやったこと


── 日本に帰国したのが2014年ですよね?


竹村:はい。会社がインドでの事業をたたむことになったので、やむなく帰国しました。


── 帰国して、そこからしいたけの道へ?


竹村:いえ、その前に一度就職しました。チームラボという会社です。実は新卒の頃からずっと入りたい会社で、どうせ日本に戻ったんだったら受けてみようかなと。新卒の頃に比べ、プログラミングや英語力などの武器も増えたので。運良く、CTOのアシスタントみたいな形で入れてもらえました。


── チームラボは「異能の集団」というイメージがあります。実際に入ってみてどうでしたか?


竹村:インドとは別の意味で衝撃的でしたね。個性的というか天才肌というか、「普通の人」はあまりいない感じでした。あまり他人に興味がない、というか、各々自分の価値観に従って働く、みたいな雰囲気なんです。インドで培ったニコニコも、あそこでは通用しなかったですね。半年くらい、ほとんど誰とも交流がなかったです。


── そんななか、どうやって自分のポジションを確立していったんでしょうか?


竹村:仕事って、基本的に誰かの役に立つってことじゃないですか。で、役立つことの最たるものって、人が嫌がる仕事を徹底的にやることだと思ったんです。例えば、システムの保守の仕事ってみんなあまりやりたがらないんですよね。だから僕はそれを引き受けまくって、一人で20本くらい案件を持っていました。ひたすら連絡がきて、ひたすらそれを修復する。電車に乗っている時もパソコンを開いて、必ず15分以内に復旧させることをポリシーにやっていました。そんなことを3年くらい続けましたね。


──とても頼もしい存在ですね……!


竹村:その結果、徐々にお客さんから新しい仕事をいただくようになっていきました。保守のタームって担当者と定期的にやりとりをするので、実は新しい案件を取りに行くうえで重要なポジションなんですよ。入社当初は上司から言われた仕事をやっていたんですけど、だんだんと自分で仕事をとれるようになってきたんです。


── そうやって社内での立場を上げることで、徐々にやりたい仕事ができるようになっていくんですね。お見事な立ち回りです。


竹村:そうでもしないと、僕の売りなんて何もないわけです。インドに行っていた変なやつ、ただの「おもしろ人材」で終わってしまう。地味なところできちんと活躍してこそ、おもしろ人材としてのキャラクターも生きる。それでようやく、上のフェーズに立てると思うんです。


菌力を鍛え、菌にモテたい

── その後、チームラボを退職し2017年5月に「株式会社椎茸祭」を起業されます。ここから、しいたけビジネスに乗り出していくわけですね。


竹村:はい。今は先ほどのしいたけのだし「oh! dashi」と、室内で簡単にしいたけ栽培が楽しめる「しいたけハウス」の開発・販売を行っています。


── 開発にあたって、苦労したことは?


竹村:苦労というか、しいたけを食べ過ぎて危うく嫌いになりかけたことはありました。最初は農家の方のところに通い、いろいろな椎茸を集めて毎日食べていたんですけど、それが2カ月くらい続くとしいたけの香りで吐き気を催すようになってきて……。それからは少しペースを落として食べるようにしました。


── しいたけが嫌いになったら、椎茸祭の代表としては致命的ですもんね。


竹村:でも、そのとき分かったんですよ。しいたけが嫌いな人って、香りが苦手なんだなって。しいたけはモノによって香りがまるで違って、苦手な人でも食べられそうな品種もあるんです。「oh! dashi」に使うしいたけは香りがあるものをほんの少しと、ほとんど臭いがしないものとをブレンドしているので、しいたけが嫌いな人でも飲みやすいと思います。


── しいたけビジネスの今後の展望を教えていただけますか?


竹村:当面は「oh! dashi」の生産量を増やして、世界に広めていきたいと思います。2018年はイタリアの見本市で展示会をしたり、ドイツなどEU諸国で販売を始めました。今後は商品自体をアップデートし、品目も増やしていきたいですね。あと、将来的には「息抜きゆるふわテーマパーク」を作りたいんですよ。


── ん? 何ですか? それは。


竹村:僕は温泉やサウナも好きなんですよ。だしと同じで、ほっとできるから。だから、しいたけを栽培する森の中に温泉施設を作りたいんです。しいたけのだしを飲み、お風呂に入って息抜きができる、そんな施設をイメージしています。できればナイトクラブも併設して、散々踊ってアドレナリンを出した後に、温泉としいたけでリラックスできたらいいなと。サウナの後に水風呂に入るみたいなもので、振り幅があった方がいいですからね。ついでに、夜は森のしいたけをライトアップで光らせてみたりして。そういう食品会社にしたいです。


── (どんな食品会社だよと思いつつ)ぜひ実現してほしいです。さて、最後に改めてお聞きしたいのですが、さまざまなチャレンジを重ねた竹村さんは、人間的な魅力に溢れているように感じます。今は、相当モテるようになったんじゃないですか?


竹村:まあ、そのあたりはなかなか難しい話ですが、少なくとも精神的には満たされるようになりました。そもそも、当時モテたかったというのも、単に自分の中の心の隙間を埋めたかっただけなんだと思うんです。今はしいたけに夢中なので、モテで満たされる必要がないんですよね。いまは、菌にモテたいです。


── えっと……菌にモテる?? ちょっと説明してもらえますか?


竹村:要は、手に常在菌を増やしたいってことです。例えば発酵料理家さんって、手の常在菌が多くて、その人じゃないと出せない味があるんです。それってすごくないですか?
その点、ぼくはまだまだ「菌力(きんりょく)」が足りない。だから今はとにかくいろいろなものに触れたり、食べたりするようにしています。菌に関わるかぎり、そこは鍛え続けていきたいですね。



取材・文:榎並紀行(やじろべえ) 編集:はてな編集部 撮影:小野奈那子

取材協力:竹村賢人

 

1987年、和食屋の息子として生まれる。2010年NTTコミュニケーションズ入社。2011年にインドへ渡り、エンジニアなどを経て2013年チームラボ入社。業務システム、デジタルアートや展示を担当。2017年5月、椎茸祭を設立。
Twitter:Kento Takemura 竹村賢人 (@kenttto) | Twitter
椎茸祭WEB:椎茸祭 / Shiitake Matsuri
oh! dashiしいたけハウス

 

*1:インド・ムンバイの映画産業につけられた俗称。ムンバイの旧称ボンベイ(Bombay)の頭文字と、米国映画の中心地であるハリウッド(Hollywood)を組み合わせてつけられた