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俯瞰で見えてくるもの〜空想地図作りが教えてくれたこと〜|至高の無駄知識 (寄稿:地理人)

俯瞰で見えてくるもの〜空想地図作りが教えてくれたこと〜|至高の無駄知識 (寄稿:地理人)

利益を追い続ける社会の中では、有益なものに時間を費やすことが正しく、利益に直結しないものは無駄であると言われがちである。しかし、一見すると「無駄」と言われてしまうものの中に、実は新しい発見や有益となり得る知識が存在するのではないだろうか。
多くの人が通り過ぎてしまう無駄知識の中に希少な価値を見出し、その分野を極めし方々に、人生を豊かにする「無駄知識」を紹介してもらう連載企画「至高の無駄知識」。今回は、7歳の頃から空想地図(実在しない都市の地図)を描き、現在も空想地図作家として活動を続ける地理人さんに、地図を作る上で欠かせない視点と想像力について紹介していただいた。

はじめまして、地理人と申します。突然ですが、私は地図を作っています。地図といっても「空想地図」、つまりは実在しない都市の地図を作っています。初めて聞いた人も多いでしょう。それもそのはず、これは私が言い出したことです。「架空の都市の地図を描く」と言えば、ファンタジーや理想の都市を想像する人も多いかもしれませんが、そうではありません。そこには夢や希望はさほどなく、極めて現実的な都市の様子を地図で描いています。いわば、現実社会の営みやその成り立ちを、自分の手で再現することでつかもうとする試みで、おままごとやごっこ遊びに似ています。

私が作る空想地図は、道路や主要施設が描かれた細かいものです。世界地図のような世界や国を切り取った地図ではなく、都市や市街地単位で描かれる市販の地図に似たスタイルです。描かれたアイコンはコンビニやファストフード、スーパーの店舗アイコンですが、これも架空のもので、全て自分で作っています。地図、地理的なことだけでなく、人々や企業がどこでどういう動きを取るか、といった現代の日常全般にまで想像は及びます。

私は空想地図を作るだけでなく、いろいろな都市の土地勘や生活感をつかもうと、全国300都市、海外40都市を周りました。行く動機は空想地図とは関係なく、ただただその土地のリアルな日常を味わいたい、つかみたい……という好奇心からでした。しかし現実の都市の様子、都市のでき方や人々の動きを「俯瞰」で見たことで、結果的に空想地図作りだけでなく、現実を生きる上で役に立った面もあります。
何気ない街の様子でも、細かい違いをみつけてその理由を探ると、都市の「あるある」に気付くことができます。これは、空想地図を描く上で必要な視点です。まずは都市の「あるある」をいくつか見ていきましょう。

私が見てきた都市の「あるある」

南口はにぎやかで北口は静か……なぜそんな駅がある?

南口

北口

これは広島駅前のふたつの出口の写真です。最初の写真が南口で、次の写真は北口(新幹線口)ですが、南口は駅ビルと多数のタクシーに加え、遠くを見るとたくさんの雑居ビルやバス、路面電車を待つ人々の姿も見えます。
一方、北口の写真にはたくさんのバスが見えますが、これは観光バスの駐車場スペースで、辺りを見回しても商業施設はなく、歩く人もまばらです。/p>

大都市の主要駅でも、駅の表玄関にはいろいろな店があって、行き交う人々も多いのに、反対側の出口に行くとさっぱり……ということがあります。仙台駅や博多駅は、駅の西側は栄えている一方、東側は割と閑散としています。このように駅によって東西、もしくは南北でにぎわいの差が生まれるはなぜでしょうか。
先ほどの写真の広島駅は、今から100年以上前の1894年に開業していますが、当時あった出入口は南口だけでした。北口ができたのはそれから50年以上たった1947年のこと。1975年に開通した山陽新幹線が北口側にできたことで、それからは新幹線口と呼ばれるようになりました。しかし、北口ができてからかなりの年月がたっているにもかかわらず、南北の差はいまだに明確です。また、こういった差がある駅は、古くからある都市のJRの駅であることが多いです。それはなぜでしょうか。

広島市の主要施設の分布図*1

こちらは広島市の市街地の地図です。地図の中央部「紙屋町」「八丁堀」付近に商業施設や公共施設が集中していますが、ここが中心市街地です。広島駅は地図の右側、中心市街地から少し離れたところにあります。もともとは市街地の外れにあり、南口は中心市街地の玄関口となったため徐々ににぎわったものの、北口は長い間そのままだった、ということです。

東京にいると駅が街の中心だと思っている人が多いのですが、もともと、こうした大都市の中心駅は街ではなかったのです。JRの前身、国鉄の駅は、多数の長距離列車の発着、それに伴う蒸気機関車の付け替えのため、広い土地を必要としました。鉄道駅が開業した明治時代の時点で建物が密集していた市街地に駅を作ることはできず、市街地の外側に作られました。

【空想地図】中村駅周辺

こちらは私が描く空想都市の地図です。風景写真をお見せできないので地図だけお見せします。中村駅は東口に百貨店の浅岡屋、駅ビルのWISTA、AMTYがあり、歩行者デッキも地下街もあります。西口は駅ビルQ-Plaがあるだけで、その他東口にあるような大型施設がありません。しかし都市化していて、それなりに人は多そうです。東口が遠方からの人々を集める大型商業施設が多いのに対し、西口は不動産店や美容室、学習塾など、地元住民向けの小型店が多いのです。この差は、東口側に古くからの街があり、こちらが街への玄関口だったことが起因しています。東側にある街が気になる方は、空想地図(中村市詳細地図 スクロール地図)をご覧ください。

この辺り最近面白いぞ……そんな街が生まれる場所とは?

最近、東京では「東側がアツい」と言われています。蔵前や浅草橋、押上に清澄白河といった街は、おしゃれな店もあれば新しいことを始める人の拠点ができていたりもします。20年前はそんな波が来るなんて予想もできませんでした。
大阪で人気の街、堀江や中崎町、空堀もそうですが、少し前までは特に目立ったスポットもなかった街が、今やカフェやバー、ゲストハウスが新しくできていて、行きたい街になった……そんな変化が、全国のあちこちで起きています。人気の街といっても、中心市街地やターミナル駅のように大型店やブランド店はありません。そして、そう多くの人でごった返すほどにぎわう訳でもありません。むしろこうした大きな街とすみ分けを図るようでもあります。こうした新しい動きのある街はどのようなところにできて、中心市街地やターミナル駅とどのような違いがあるのでしょうか。

浅草橋や蔵前は、日本橋や上野といった中心市街地から1〜2km離れたところにあります。案外近いところにあるのです。大阪の堀江は、中心市街地である難波や心斎橋から300〜500mほどの場所で、歩いて行ける近さですが、これだけ都心にありながら、最近の波が来るまでは静かだったのです。
浅草橋は玩具、人形、文具、店飾の問屋街で、知る人ぞ知るプロの街。堀江は家具の専門店街で、こちらは一般のお客さんも集めましたが、勢いを失いつつありました。今や多くの大型店がメーカーから直接仕入れることで安く売ることができる時代。人々はこうした大型店に集まるようになり、卸売や問屋が活況を呈したピークは過ぎたのです。こうした流れにより企業が撤退し、空きビルが増えていた点と、都心の近くの割には地価が比較的安いことが、新しいことを始めるにはうってつけの場所だったのでしょう。新しいビルではなく、古いビルであればあるほどビンテージのような味わいが出るという考えもあれば、リノベーションのしがいがあると感じる人もいます。

【空想地図】中村市の中心市街地(平川駅〜正平橋駅)

空想都市、中村市にもそんな街はあります。さきほどの中村駅東口から1km東に、古くからの市街地「平川」があります。そこから500mほど南、橘山〜正平橋駅の間が、最近新しい動きがある街です。「コラボ荘徳」は旧荘徳小学校の跡地を利用したクリエイティブスペースで、周辺には新しいカフェやゲストハウス、コワーキングスペースがあります。空想都市の話を、さもありそうな前提で書いてしまうので混乱を与えてしまいますが、これは架空の話。ここから現実の都市に話を戻します。

地方都市でも、コワーキングスペースやゲストハウス、カフェなど、新しいタイプのスポットができるのは、古くからの市街地の少し外れか、かつてにぎわっていた中心市街地であることがほとんど。今でもにぎわう中心市街地は、多くの人を集め、あらゆるものがそろい、それはそれは便利ですが、そんな街は地価が高いのです。気付けば個人店は少なくなり、全国展開しているチェーン店ばかりが並び、没個性的にもなります。人も多いので、ゆっくり腰を据えるのにも向きません。個性を求めず、買い物や打ち合わせなどあらゆる用事を速やかに済ませるには大きな街で良いとして、腰を据えてその街を味わい、これまで味わったことのない街の楽しみ方を見つけたい……。そんな人々が、新しいタイプのスポットを求めます。

このようなスポットは、人が集まり過ぎずゆっくりできることが魅力です。また、地価が安く徹底的な利益主義に走る必要もないため、オーナーが自由に試行錯誤する余地が生まれます。古い設備は一見すると弱みになりますが、そのまま古さを生かして楽しむか、リノベーションするかで強みにもなります。そんなオーナーの試行錯誤にファンがつき、あらゆる個性が集まる街は後に「魅力的な街」と言われるようになります。

しかし、こんな新しいスポットを求める人もチェーン店や大きな街とは無縁ではありません。チェーン店の多い大きな街やモールを求めることもあれば、個性的なスポットを求めることもあるのです。だからこそ、「市街地の近く」に位置しているのです。

人が見えてこそ、都市が見えてくる

あらゆる土地の様子を想像するには、その風景や歴史だけでなく、今を生きる人々になりきる必要があります。どんな時にどんな場所を求めるのか、そしてそんな場所はなぜできるのか。人々の志向や動きを深掘りしてこそ、街は見えてくるのです。その際、自分自身、あるいは自分が共感できる人になりきるだけでは、街の一部しか見えてきません。

例えば、ゲストハウスに来る人は、その街を初めて訪れた人で、長く住む住民とは異なった目線を持っています。また、ナチュラル、オーガニック志向の目線を得ると、先ほどの「新しいスポット」の魅力は手に取るようにつかめますが、ゲームセンターやナイトスポットが渦巻く歓楽街を求める目線は得られません。歓楽街が立地する場所の「現実」を追うためには、歓楽街を求める目線を獲得する必要があります。

都市は、自分と似た志向の人もいれば、自分とは相容れない人もいます。人々にはこうした、一括りにできない多様性があるため、それに合わせて多様なスポットが生まれ、大都市になればなるほど、あらゆる志向の人々を集めるようになります。「地図を描く」ということは、こうした世相の全体像を捉えて描くということでもあります。地図を描く際には、自分は好まない、興味がない、共感できないタイプの人々が集まる街についても、他の地域と同じ詳しさ……同じルール、縮尺で描く必要があります。そのためには、時に自分自身の存在感を消して、自分とは異なる架空の人間になりきることも必要なのです。

空想地図を描くことは、理想の都市を描くことだと思う人もいますが、それは難しく、リアリティのないものです。一人の理想は、他人の理想を潰すこともあるのです。ある人は木造密集住宅を取り壊し、ビル化して、空いた土地を緑地にする理想を持っています。一方で、木造密集住宅はその都市の地域資源であり風情として、その景観を守る理想を持つ人もいます。それぞれの理想は相反するものですが、それぞれの理想が交雑し、ぶつかり合ってできているのが、リアルな都市の様相です。

他にも、地価が上がって喜ぶ人もいれば、上がって悲しむ人もいます。全員の理想を叶えることは難しいでしょう。合理性や志向の異なる人々が押し引きをしたり、それぞれの領域をすみ分けたりしているのが、都市の現実です。地図を描くには、「誰にも肩入れしないが、誰も無視はしない」対等な俯瞰の視点が必要になります。

「俯瞰」は、自分自身の強い味方となる

さて、ここまで都市と地図の話をしましたが、ほとんどの人は地図を描くことはないでしょう。それなりに面倒ですし、私から積極的に地図作りをおすすめすることもありません。しかし、おすすめしたいのは、「俯瞰の視点」です。もっと言うと、個人的な感情を抜いて、ただただ自分自身や他者を空の上から観察しようとする視点です。

例えば今、自分の中で生まれた熱い衝動は、数日間は熱いけどしばらくすると冷めるな……など、過去の自分を観察し、結果を冷静に見つめ直すと想像できることもあります。

そして、時に共感できない他者になりきることも重要です。生きていく上では、必ずと言って良いほど他者と関わることになります。気が合う人との人間関係で全てを済ませられれば理想的ですが、十中八九そうはいきません。

面倒な手続きを求めてくる公共機関、自分からは選べない親や先生、上司……など、合わないけど逃げられない人と関わらざるを得ない場面もあるでしょう。そんな時、我慢して耐えてミッションをこなすか、敵意をむき出しにして対抗するか……どちらもかなりのエネルギーを必要とします。そんな時は、相手になりきることで、相手の合理性をある程度つかむのです。そうすると「最低限何をこなせば問題ないか」が見えてきます。極端な話、それ以外はやらなくていいのです。本気で関わりたいものもあれば、最低限をこなして通り過ぎたいものもあるでしょう。時間とエネルギーは有限なので、うまく振り分けたいところです。

記事の冒頭では、地図と都市の話をし、世相の全体像を引きで見ましたが、最後にはグッとズームアップして、「自分自身と他者の関係」を考える話をしました。私自身、10代から20代にかけて、多くの人との折り合いをつけにくい日々が続きました。要領は良い方ではなく、エネルギーもありません。最小限のエネルギーでどう生き抜いていくか、という試行錯誤の中で、「俯瞰の視点」は自分自身の支えとなりました。

多くの人にとって、他者との折り合いが難しい場合や、自分の中での折り合いがつかない場合に、この視点は自分の良き味方となります。そして、どこかの街に行った時、あらゆる人になりきると、街のあらゆる楽しみ方も見えてきて、楽しみ方も広がります。少し上の位置から自分を、そして街を眺めてみる……そんな「俯瞰の視点」を楽しんでいただければと思います。

(編集:はてな編集部)

著者:地理人

7歳の頃から空想地図(実在しない都市の地図)を描く空想地図作家。大学生時代に47都道府県300都市を回って全国の土地勘をつけ、地図を通じた人の営みを読み解き、新たな街の見方を見出す。情報デザイン、記事執筆、社員研修、テレビドラマの地理監修・地図製作に携わっている。空想地図は現代美術作品として、各地の美術館で展示巡回中。主な著書に「みんなの空想地図」(2013年)、「『地図感覚』から都市を読み解く――新しい地図の読み方(仮)」(2019年3月予定)

*1:この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図(国土基本情報)電子 国土基本図(地図情報)を使用した (承認番号 平30情使、 第1174号)

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