はたラボ

自分だけの「言葉」を見つけだそう。とある外資系企業の部長から、これから働く君へ

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こんにちは、とくさんと申します。


新卒で日系メーカーに入社し、新規事業を経験後、外資系コンサルティングファームを経て、現在は外資系ソフトウェア企業で経営企画部門を統括しています。Twitternoteで「とくさん」として、経営や組織についての発信も続けています。


さて、この4月から仕事を始めた皆さんは、全く新しい環境で戸惑うこと、不安に思うことが多いと思います。私もそうでした。いま振り返って思うと、若いころって本当に大変なことが多いです。

若いから「こそ」挑戦できない


世間では、「若者だからリスクを恐れず挑戦できるはずだ」という考え方が強いです。でも、これって多くの普通の人にとっては当てはまらないと思います。私が思うのは、若いから「こそ」挑戦できないよね、ということ。


仕事をし始めた若い人の多くは、仕事で必要となる知識や経験をほとんど持っていないし、当然ながらまだ何も成し遂げていません。毎日知らないこと、経験したことのないことばかりに直面して、右往左往するのが普通です。


加えて、ネットでは日々多くの「成功者」のストーリーが流れてくることもあります。そこで語られるのは若くして挑戦し、失敗しながらも成功を掴み取った人たちのカッコよい物語です。


こうした理想と現実の差に愕然として、不安と嫉妬に絡め取られながらとても挑戦なんてできない。私が思うに「若い」とは「しんどい」と同義でした。

同世代をうらやむ日々


まさに私自身がそうでした。メディアに登場する、世間で華々しく活躍している同世代の人たちのことをすごいなと思いつつ、正直言うとうらやんでいました。


例えば「76世代」の活躍。


20代後半に体調を崩し休職するなど、全てがうまくいかなくなって途方に暮れていた時に、同世代の起業家たちがmixiやGREE、はてなといった企業を立ち上げ、「新世代の旗手」として脚光を浴びていました。


いままで大企業に脚光が当たりがちだった日本で、自らリスクを取って挑戦した若者たちが、苦労しながらも華やかな成功を勝ち取り、新しい時代を切り開く。まさに「若者こそ挑戦できる」という世間のイメージ通りの活躍は見事でした。


一方で私はといえば、同世代として彼らを誇りに思いながらも、自分の置かれた状況とのあまりの落差に愕然とし、その成功に嫉妬していました。


「20代こそ、リスクを取って挑戦して何か大きなことを成し遂げるべきなのに、自分は情けないな。挑戦どころか目の前の仕事すらこなせていない……」


こう独り言をつぶやきつつ、どうにもならない自分の現実に、歯ぎしりしながら毎日を過ごしていたことをよく覚えています。


そして、こうした悶々とした状況は30代になっても続きます。30歳の時にはじめての転職で外資系コンサルティングファームに移ったものの、全く歯が立たず苦しんでいました。


あるメガバンクのプロジェクトでは、顧客側のプロジェクトリーダーに毎日のように怒られていましたし、次に入ったプロジェクトでは、年下のプロジェクトマネージャーに資料を徹底的に直され、終わらない作業で何度も徹夜していました。


その結果として周りから「使えない」と評価された私は、30代半ばでリストラ寸前まで追い込まれます。社内外で必死に仕事を探し回り、社内の間接部門になんとか仕事を見つけて異動しますが、そこは現場のコンサルタントが皆「さげすんでいた」部門。


そして、当然ながら異動しただけで仕事がうまくいくようになるほど現実は甘くありません。なかなかうまくいかない日々を過ごしながら、悶々としていました。

本気の「怒り」からキャリアが始まった


そんな日々に転機が訪れたのは、翌年度の事業計画を策定する仕事に関わった時のこと。当初は部長のサポートで少しだけ関わっていたのが、彼が英語の問題などでうまくやれていなかったのもあり、いつの間にか私が前に出る機会が増えていました。


慣れない財務モデルの扱いに苦労し、言いたい放題の現場のリーダーたちの調整に奔走しながら、毎日深夜まで仕事する日々が続いていました。私はいつしかその仕事にのめり込み始め、朝起きてから夜寝るまで、一日中あるべき事業の姿を死に物狂いで考え続けます。


疲労とストレスがピークに達していたある日の会議のこと。アメリカ人のCOOが、思い通りに進まない作業に苛立ってこちらを指さしながら「お前たちは本当にやる気があるのか? 俺しか本気でやってないじゃないか!」と怒鳴りつけてきました。


こう言われて私ははじめて本気で怒りました。「冗談じゃない、こっちは死ぬ気でやっているんだ。やる気がないとか言うんじゃないよ!!」と。


この時の私は管理職ですらないただのメンバーで、COOのような上級役員に正面から盾突くことは通常あり得ないことです。そのままクビになってもおかしくなかった。


ただ、私はこの仕事に本当にのめり込んでいたので、どんな立場の人間であろうとその本気にケチをつけられることが許せなかったのです。この時の怒りはいまでもありありと思い出せます。まさに「根源的な」怒り。


そして、その時に気付いたのは、自分は「心の底から怒っているのだ」ということ。それはCOOに対してだけでなく、自分を蔑んでいた現場の人間や同僚への怒りだったし、何より、そんな状況に抗うことができず、ふがいなくそこに甘んじてきた自分への怒りでした。


自分は怒っているんだ、こんな状況から本気で抜け出したいんだ。このことに気付けた時から、私のキャリアは本当の意味で「始まりました」。


感情を自分の中で押し込めず、怒りも含めた「本気の想い」をエンジンとして仕事をする。言いたいことがあればはっきりと相手に伝え、誰かと対立することもいとわず、自分が心から納得するレベルまで徹底的に品質にこだわって仕事ができるようになったのです。


この結果として、仕事で成果が出せるようになっていきました。COOに怒鳴り返した事業計画作りでは、私がリードする形で計画案を成功にまで導き、COOからは「お前のおかげだ」と褒められました。


この成果がきっかけになって上海に駐在する機会を得て、多国籍の経営陣との仕事を通じてグローバル経営の真髄を学び、帰国後は私が「師匠」と仰ぐ役員とともに、数千億円の事業のターンアラウンドに深く関わり、成果を出すことに成功しました。

失敗を繰り返しながら自分の「言葉」を見つけていく


こうして自分のキャリアを振り返って思うのは、私が若い頃にいつも不安で、人のことばかり気になって挑戦できなかったのは、自分自身の「言葉」を見つけられていなかったからだということです。


メディアで作り上げられた成功者たちのストーリーとそこで語られる言葉に踊らされ、活躍する同僚たちに嫉妬し、自分が本当は何を求めているのか、ということに向き合うことができませんでした。


その結果として、目の前の仕事にうまく集中できず、若者ならば挑戦すべきなのに、といった抽象的な固定観念に引きずられていました。


私がついに人生を前に進めることができたのは、「自分は怒っている」ということを心から認められた時でした。自分の本当の、生の感情に向かい合えた時に、自分が何をしたいのかがはっきりと見えてきました。


とはいっても「言葉を見つける」と言うと、なんだか難しそうに聞こえるかもしれません。私もそれをうまくやれるようになるまで時間がかかりました。


一つコツがあるとすると、できるだけ具体的な場面を思い浮かべて、そこで自分が考えたことや感情を言語化してみることはとても効果があります。


例えば、自分がすごく真剣に準備をした顧客提案がうまくいかなかったとします。その時に感じる「悔しさ」について、なぜ自分は悔しく思うのか考えたり、そもそも、なぜ「夢中になって」提案準備をしたのかについて考えてみたりすることで、自分がこだわっていることがくっきりと見えてきます。そこにこそ「自分の言葉」があるし、それが仕事でも人と差別化して付加価値を出していく上での核となります。


「夢を叶えたい」みたいにカッコ良いものである必要はありません。それよりも「同期のあいつに負けたくない」「嫌いな上司を見返してやりたい」のような、自分が本当に感じていることに目を向けることがポイントです。それこそが自分の独創性につながる源泉だからです。


たくさん悩み、失敗することを通じてしか分からない、自分の本音というものがあります。そこに宿る自分に固有の言葉を見つけた時に、ようやく誰のものでもない「自分の人生」が立ち上がるのではないかと思います。


私がそうだったように、若い頃は本当にしんどいです。でも、そのしんどさも含めて自分を見つめ、肯定してあげることでその先に道が開けてくると私は信じています。この文章が、若い皆さんが自分の道を切り開くきっかけになってくれるならばうれしいです。

著者:とくさん

 

現在米ソフトウェア企業で経営企画部門の本部長として、戦略、財務、オペレーションを広く統括。新卒で日系メーカーの新規事業部門の海外営業、その後外資系IT企業でCRMコンサルタント、ITサービス事業の経営管理担当を経て現職。Twitterやnoteで広く経営関連の情報発信を続けている。
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