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「bar bossa」の店主が22年間眺めてきた渋谷のサラリーマンたち(寄稿:林伸次)

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利益を追い続ける社会の中では、有益なものに時間を費やすことが正しく、利益に直結しないものは無駄であると言われがちである。しかし、一見すると「無駄」と言われてしまうものの中に、実は新しい発見や有益となり得る知識が存在するのではないだろうか。

多くの人が通り過ぎてしまう無駄知識の中に希少な価値を見出し、その分野を極めし方々に、人生を豊かにする「無駄知識」を紹介してもらう連載企画「至高の無駄知識」。今回は、渋谷の裏路地にあるワインバー「bar bossa(バールボッサ)」で22年間、さまざまな人間ドラマを見届けてきた林伸次さんに、「渋谷で働く人たちの変化」をテーマに執筆いただいた。


あなたはBAR(バー)って行きますか?


想像するに、日本人の半数以上が、一生のうちに1回もバーに行かないまま生涯を終えるだろうし、行ったことがある人も「バー好きの上司にたまたま連れて行かれたことが2、3回ある」なんて人がほとんどのような気がします。


でも、世界中の大都市にはバーという場所がたくさんあり、夜な夜ないろんな人が暗いカウンターで高い酒をたしなんでいます。


実はバーを利用する人ってある意味「特殊」なんです。打ち合わせは喫茶店でできるし、酒を飲んで親睦をはかるのなら居酒屋で十分です。でも、彼らは暗くて若者が来ないバーで、高い酒を楽しみます。


僕は22年間、渋谷区宇田川町でバーを経営し、毎日カウンターの内側からお客さんを眺めてきたのですが、この22年間で客層は大きく変わりました。


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東京の「若者の街」が南へ移動していくという説はご存じでしょうか?


1970年代は、若者の街といえば、新宿でした。フォークソング好きの人たちが集まり、伝説的なジャズ喫茶や劇場、映画館が栄えていました。その後、1980年代に入ると、若者の中心は原宿へ移りました。原宿の「ホコテン(歩行者天国)」が有名ですよね。そして、1990年代からは、渋谷です。パルコ文化から続く渋谷系のJ-POPもはやりましたし、ギャル文化もありました。


そして昨今は、恵比寿、中目黒、代官山。しかし、人気エリアのため家賃が高かったり、芸能人や著名人たちも多かったりと、少し敷居が高いイメージです。


そこで「東急Bunkamura」や「アップリンク渋谷」、「SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS(SPBS)」といった商業施設が醸し出す文化的な香りに誘われた若者たちが、家賃が人気エリアよりも少しだけ安い「奥渋谷(奥渋)」というエリアに注目するようになりました。


「bar bossa」は、たまたまこのエリアにお店があるので、「奥渋谷の老舗バー」とか呼ばれています。


10年後には、また変わっているのかもしれないですね。

「文化の街」渋谷のバーで酒を飲む人たち


渋谷って一般的には「若者の街」というイメージが強いと思うのですが、NHK放送センターがあり、映画館や劇場、ライブハウス、レコード店や楽器店、本屋などがたくさんある「文化の街」でもあります。そして、そこで働く業界関係者が、渋谷のバーで酒を飲むというわけです。


例えば、テレビ関係者でいうと、タレントはもちろん、タレント事務所の人、音楽番組に携わるレコード会社の人、教養番組に出演している大学教授、翻訳家の人など、いろんな人が出入りをしていて、帰りに僕のバーに立ち寄ってくれます。


もちろん映画館や本屋、劇場で仕事をしている人もいます。


1997年の開店当初、よく来店されていたのが、レコード会社の関係者や雑誌の編集者でした。「渋谷系」がちまたで大流行して、その延長線上にあるような職種の人がたくさん訪れたというわけです。


また当時は「カフェ・ブーム」の先駆けで、カフェ関連のメニューを作っている人や、カフェ・ミュージックを制作している人たちが大勢来られたこともありました。


携帯電話の普及で、「着メロ」関係の人が増えた時期もありましたね。

経営を直撃したリーマン・ショック、東日本大震災


開店以来、その時代のヒット商品や社会情勢、景気状況によって、来店されるお客さんの顔ぶれは目まぐるしく変化していきました。


2000年代前半は景気が良かったんだと思います。「bar bossa」はワインバーなのですが、深夜の2時や3時に、1万~2万円の高級ワインが普通に注文されていました。


その後、音楽業界と雑誌業界のお客さんがどんどん減っていき、2007年にiPhoneが日本で発売されてからは「アプリ開発の仕事をしている」というお客さんが目立ってきました。


「アプリを作っている」という人たちは、面白い人が多い気がします。彼らは「今まで誰も思いついたことのないようなアイデア」を常に考えていて、カウンター越しに「林さん、こんなアプリあったら使います?」と聞かれて、モニターになれたのは楽しい経験でした。


そして、2008年にリーマン・ショックが起こってからは、がらりと雰囲気が変わりました。今まで会社の経費で飲んでいた人たちが、まったく来なくなりました。周りの友人たちのバーもこの時期に閉めたお店が多いです。


さらに、2011年3月11日に発生した東日本大震災のときには、普段は騒がしい渋谷も一斉に静かになりました。覚えていますでしょうか? 「計画停電」もあり、夜の街は真っ暗で、朝までバーで酒を飲むなんて空気ではなくなってしまいました。


僕はちょうどその頃から、「バーテンダーの仕事だけでは食べていけない」と思い、文章を書く仕事を始めました。発表の場がインターネット上ということもあり、IT業界のお客さんが急激に増えましたね。


「bar bossa」の場合、開店当初から現在まで、お客さんで一番多いのは編集者の人たちなのですが、最初は皆さん出版社勤務でした。しかし、震災後に出版社を辞めて、インターネットのコンテンツを制作する会社に転職したり、あるいは同じ出版社の中でもウェブ事業部に異動したりする人がすごく増えました。

同僚のプライベートは「知らない」減った社内の話


2019年3月に店のすぐ目の前にサイバーエージェントの本社ができたんですね。いろんな方に、「サイバーエージェントのお客さん、増えたでしょ」と聞かれるようになりました。


ほかにも渋谷には数多くのIT企業がオフィスを構えていますが、意外と近くのIT企業の人が同僚同士で飲みに来ることはそれほど多くないんです。


なぜかというと、IT業界で働く人は、会社の同僚と「仕事が終わった後に飲みに行く」という習慣があまりないそうです。全てのIT業界の人にあてはまるわけではないですが、飲みに行く回数が少ないと聞きました。


実際にGAFA*1の某企業で働いている友人は、隣で働いている人が「結婚しているのかどうか」ということも知らないそうです。もちろん職場では日常的に会話はしているけれど、プライベートな話は、相手が「今日は子供が……」と言わない限り、自分から質問するのはほぼタブーのようです。そのような環境だと、勤務後に「飲みに行きましょう」という流れにはならなさそうですよね。


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もう一つ気付いたことは、IT業界にお勤めの人は会社の領収証でお酒を滅多に飲みません。「会社のお金で酒を飲むっていう文化がないんだよね」と皆さん説明してくれます。


さらに「減ったなぁ」と感じることは、同僚同士で飲みに来て、ずっと会社の話をしているといったシーンです。以前は誰が出世する、どの派閥が強いといった「社内政治」や、この商品がヒットするとか、自分たちの部署はもっとこうしようといった「社内の話」を飲みながらしているという光景が多かったのですが、今は別の仕事や違う業界の人が混ざって、ゆるいつながりで楽しく飲むようになってきた気がします。

就職先は「大手企業」から「自分の力を試せる場所」に


開店当時、東大生のたまり場のようになったことがあるのですが、彼らはみんな大手電機メーカーや大手広告代理店に入社しました。有名レコード会社や新聞社を受けたけど落ちた、という東大生もいました。そんな時代だったんですね。


最近来店される学生や若者たちが就職先にどんな企業を志望しているかというと、申し訳ないのですが、大手企業を志望している人はあまりいません。


例えば、IT業界であれば、大規模な有名企業よりも、スタートアップに就職する方が「自分の能力を試す」という意味でも良いみたいですし、そこでスキルアップも考えているようです。


当時大手企業に就職した元東大生の中にも、実家のそうめん屋を継いだ人や、スタートアップの会社に転職したという人もいます。少し前の時代なら東大を出て「自分だけの新しい道を進む」ことって、あまりなかったと思います。


飲食店の起業を考える人もすごく増えました。僕たち人間はやっぱり食事をしなくては生きていけないし、全員がロボットのつくった料理を味わいたいというわけではありません。これからの飲食店は、「裕福な層のための高級店」と「全部タッチパネルでほぼ無人のファーストフード」に分かれていくと感じているようで、前者の道を考える若者も増えているようです。

雑誌「Hanako」に掲載されて爆発的な集客


飲食店は開店したら、まずご近所に「開店記念セールの割引チケット」を配ったり、大きい看板を出したりするのが一般的なのですが、幸いにも「bar bossa」は、最初からうまく軌道に乗ることができました。


それは、ちょうどワインブームがやってきたのと、ボサノヴァをかけているというのが特徴的で、さらに「渋谷なのに落ち着いた隠れ家的なバー」というくくりで、雑誌にたくさん紹介してもらえたからです。


本当に雑誌にはお世話になりました。雑誌という媒体がなければ、僕はこんなふうに「22年間渋谷でバーを経営」という肩書きで文章を書いたりはできなかったはずです。


若い方はあまり想像ができないと思いますが、1990年代は雑誌しか情報がなかったんです。例えば「Hanako(ハナコ)」という有名な情報誌がありますが、そこに掲載されて書店に雑誌が置かれた日の夜から1カ月くらい、読者のお客さんでお店が埋まったこともあります。


当時は、小さい枠で紹介されただけでもお客さんが来店してくれたので、お店に「◯◯編集部ですが」といった取材依頼の電話があると、「やった!」と喜んだものです。雑誌に掲載されると3~4カ月はお客さんが持続するので、「雑誌で紹介されて、お客さんが増える」というのを繰り返しながら、経営を続けていくことができました。


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もうお客さんの行動は把握できない


2000年代に入ると、ブログでお店の紹介をしてくれる人が多くなりました。グルメな人が「こんな良いお店でした」と書いてくれると、しばらくはブログの読者が来てくれたり、来店してくれたミュージシャンや作家の方がご本人のブログで紹介してくれたら、読者のファンの方が来てくれたりしました。


今でも著名人やインフルエンサーと呼ばれる人が、SNSでお店のことを少しでも書いてくれると、反響があります。最近増えたのが、「友人がSNSで勧めていたから」です。やっぱり「リアルな友人のオススメ」って信頼できますよね。


インターネットは雑誌のように爆発的な反響ではないのですが、じわじわといつまでも「SNSで見た」といった感じで来店していただけます。


グルメサイトの口コミの影響ももちろん大きいです。評価が高いとその分、お客さんも増えますが、リピーターにつながらないケースも多いので、今くらいの評価がちょうど良いかなと思っています。


開店から10年くらいまでは、「このお客さんはどういう情報源で来店したのか」把握することができました。雑誌に出たらその雑誌の読者層の人が来店して、記事に出ているメニューを注文してくれましたし、ラジオで紹介された後に来店してくれたお客さんとは音楽の話で盛り上がりました。


SNS時代に入ってからは、本当に分からなくなりました。特に外国人のお客さんは服装や雰囲気だけでは、どの情報源を見て、どういう目的で来店していただいたのかが分からないんです。一応、お店のことは気に入ってくれているようで、スマホで写真をたくさん撮ってはいるのですが、「どのような形で世界中に拡散されるのだろうか」と思うこともあります。


それでも、ワインとボサノヴァのバーというコンセプトを皆さんが知ってくれていて、いろんな国の方で店内があふれると、すごく良い雰囲気になります。

バーも禁煙、予想できない展開が面白い


ネット社会の現在、どう考えてもこちらの意向なんて「お客さんには伝わらないだろうな」といった諦めも少しありますが、逆に予想もつかない展開の日々が面白くもなっています。


英語メニューなどの外国人対応をして、ノンアルコール・ドリンクを増やしたり、チャージ料金をいただくのをやめたり、婚活パーティーを始めたり……。


また、お店も禁煙にしました。以前はタバコの煙がもくもくして、知っている常連さんだけが中心で、お酒が飲めない人にはちょっと居づらいお店だったのですが、ずいぶんと印象は変わったはずです。


これからも、この渋谷でバーを続けていこうと思っているのですが、この先、お店も渋谷もどうなるのか全く予想がつきません。でも時代に合わせて変化していくからこそ、街って、バーって面白いんですよね。


それでは渋谷のお店でお待ちしております。

著者:林伸次

1969年生まれ。徳島県出身。渋谷のワインバー「bar bossa(バールボッサ)」店主。レコファン(中古レコード店)で2年、バッカーナ&サバス東京(ブラジリアン・レストラン)で2年、フェアグランド(ショット・バー)で2年勤務を経た後、1997年渋谷にbar bossaをオープンする。2001年ネット上でBOSSA RECORDSをオープン。選曲CD、CDライナー執筆多数。著書『バーのマスターはなぜネクタイをしているのか?』『ワイングラスのむこう側』『恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる。』他。 Twitter:@bar_bossa


(編集:はてな編集部)

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*1:Google、Apple、Facebook、Amazonの4社の頭文字をとった略語