はたラボ

「神は細部に宿る」を本気で突き詰める。元アニメーターの漫画家・花村ヤソさんが、偉大な先輩たちから教わったこと

(C)『アニメタ!』花村ヤソ/講談社
(C)『アニメタ!』花村ヤソ/講談社
アニメ制作現場を舞台にした漫画『アニメタ!』(作・花村ヤソ)。新人アニメーター・真田幸(さなだみゆき)の成長を描きつつ、アニメ業界のリアルな実情も表現しています。

アニメを作る仕事の楽しさ、仕事に全身全霊をかけるプロフェッショナルたち。そうしたアニメ制作現場の“表”の部分だけでなく、賃金の問題や過酷な労働環境といった“裏”の部分にまで切り込む物語は、元アニメーターである作者の花村ヤソさんの経験がベースになっています。

今回は、そんな花村さんご自身のキャリアを振り返ってもらい、アニメーター時代の経験や偉大な先輩たちから学んだこと、さらには漫画『アニメタ!』に込めた思いについて伺いました

リモート取材でお話を伺った

ストイックさが別次元だった神山監督から教わったこと


── 『アニメタ!』主人公の真田幸は19歳から未経験でアニメーターの世界へ飛び込みます。花村さんご自身も、同じ年の頃にアニメ制作会社に入社されたそうですね。

『アニメタ!』の主人公・真田幸 (C)『アニメタ!』花村ヤソ/講談社


花村ヤソさん(以下、敬称略):はい。専門学校を卒業後、20歳の時に株式会社プロダクション・アイジー(以下、プロダクションI.G)というアニメ制作会社に入社しました。そこから動画マンとして約3年、原画マンとして約8年働いて、漫画家に転向したという流れですね。


── 「原画」「動画」とはそれぞれどんなお仕事なのでしょうか?


花村:原画は動きのキーになる絵を描く仕事ですね。ただ、基となる原画だけだとアニメーションにした時に動きがカクカクするので、滑らかに動くよう間の絵を書き足すのが動画の仕事になります。


── 花村さんは動画マン時代、『攻殻機動隊』などの制作に関わられていたと。


花村:はい。私が入社して2年目に『攻殻機動隊S.A.C.』というテレビシリーズを作っていた神山監督の班がプロダクションI.Gの第9スタジオ*1として新しく出来たので、そこへ参加しました。それまでは別のスタジオにいましたが、直訴して移動させてもらったんです。第9スタジオには動画の重要性を理解してくださる方がいたので、そこで働きたいと思って。


── 同じ制作会社でも、動画を重要視する人とそうでない人がいるんですか?


花村:人によって考え方は違いますが、当時は“原画至上主義”みたいな考え方が根強くて、動画チームは原画マンの駒みたいな扱いをされることもありました。動画は下っ端の仕事として見られていて「君たちも早く原画マンになれると良いね」みたいな。


── 第9スタジオに異動されて、環境は変わりましたか?


花村:そうですね。仕事はやりやすくなりました。制作進行の担当者がすごく配慮してくださる方で、負担が偏らないようコントロールしてくれたりもして。動画マンは歩合制なので、数多く枚数をこなさないととても食べていけません。そこで、手間がかかる難しいカットばかりが続いた後は、ラクなカットを優先的に回してくれて、ちゃんと枚数が稼げるよう調整してくださるんです。

── デキる人ですね。


花村:社内でも「あの人は逸材だよね」と評判でした(笑)。ちなみに『アニメタ!』に登場する制作進行の北川は、その人がモデルになっています。どの業界にも言えることですが、アニメ業界も結局は良い仕事相手に恵まれるかどうかで、やりやすさは大きく変わります。そこは、もう運でしかないですね。

制作進行の北川 (C)『アニメタ!』花村ヤソ/講談社


── 神山健治監督とのお仕事はいかがでしたか?


花村:作品に対するストイックさが別次元でしたね。日本一仕事に対する姿勢に厳しい監督なんじゃないかと思います。当時の神山さんはほぼ休みなしで、いつも夜中の3時くらいまで働いていました。しかも土曜日とかはそのあと普通に飲みに行くこともありました。お酒飲まないのに(笑)。1日4時間くらいしか寝てなかったんじゃないですかね。テレビシリーズであれば普通はコンテマン(絵コンテを描く専門家)に修正の指示を投げるだけの絵コンテも、監督が自ら全修正してる話数もありましたから。

作中に登場する九条監督もストイックに作品を作る人物として描かれている (C)『アニメタ!』花村ヤソ/講談社


── まさに、アニメに全てを捧げた生活ですね。


花村:そこまでやるんだ……と感じることが多かったです。同時に尊敬もしました。


── スタッフさんへの要求も厳しかったのでしょうか?


花村:はい。最初のテレビシリーズの頃はめちゃくちゃ怖かったですね。少なくとも第9スタジオに入っていた「演出」「作監」*2「3D」「撮影」「色彩設計」のどのセクションにも厳しかったと思います。厳しいと言っても的確な修正指示や酷い作画上がりに関する苦言とかなんですが。自分の中にある完成された映像に近付けるために細かい指示を出し、神経を注げばちゃんと良いものができるんだなと、若手の頃に学ばせてもらえたのは大きかったと思っています。

やってみたいと思ったら、とりあえず声を挙げる


── その後、動画マンから原画マンを経て、漫画家へ転向された経緯を教えていただけますか?


花村:原画マンになってからは社内のスタジオを行き来しながら数年働いて、そのあと『新世紀エヴァンゲリオン』を手掛けるスタジオカラー(株式会社カラーのアニメーション制作スタジオ)に移りました。


── 庵野秀明さんのスタジオですね。


花村:そうです。私、もともと庵野さんが一番の憧れで、エヴァンゲリオン(以下、エヴァ)が死ぬほど好きでアニメーターになったんですよ。なので、いつかエヴァに関われたら良いなと思っていました。プロダクションI.Gに在籍していた頃からエヴァが好きだと周りに公言し続けていて、劇場版が作られると知った時には絶対にやりたいと。そしたら、当時第9スタジオにいたエヴァの絵コンテを描いている演出家さんが「やりたいなら紹介してあげるよ」と言ってくださったんです。それで、スタジオカラーに入ることができました。好きなこと、やりたいことは声に出したほうが良いんだなと実感しましたね。


── 第9スタジオへ異動を直訴した時といい、希望をハッキリ伝えて、叶えていますよね。


花村:言ってみるぶんにはタダなので(笑)。それで希望の場所へ行けたのは、ただの運ですけどね。


── スタジオカラーを離れたあとは漫画家へ転向されるわけですが、エヴァという念願の作品に関われたことで、ひと区切りついたという感じだったのでしょうか?


花村:エヴァ劇場版に携わって、燃え尽きた感はありましたね。同時に、このままアニメーターとしてやっていくかどうかを考える分岐点にもなりました。その時点で私は10年目でしたが、アニメーターとしての才能がないのを実感しました。スタジオカラーは特に、天才の集まりでした。私は明らかにセンスが足りず、とてもそこまではたどり着けない。そこで、一度アニメーターの山を降りて、昔からなりたかった漫画家を目指してみようと思いました。


── そして、漫画家転向後すぐに、『アニメタ!』で雑誌連載を勝ち取っています。


花村:『アニメタ!』は当初、同人誌で好きに描いていたんです。それを「即日新人賞」というプロの編集者が審査してくれる同人イベントに出したら、賞はもらえなかったけれど、とても良い講評をいただくことができました。◎の数はむしろ大賞作品より多くて。じゃあ、なんで入賞できなかったのだろうと不思議に思い、主催する漫画雑誌『モーニング・ツー』編集部のTwitterアカウントに直接連絡してみたんです。「詳しい講評を聞かせてもらえませんか?」と。


── おお! そこでも積極的に行動したんですね。


花村:言われてみるとそうですね(笑)。そしたら、そのアカウントを運営していたのが、たまたま私の漫画を一番評価してくれていた編集長だったんです。それで、講談社に呼んでいただき、運良く連載までこぎつけることができました。


── 運良く、とおっしゃっていますが、花村さんの場合は数々の局面で積極的に行動を起こしていますよね。連載だって、Twitterアカウントに問い合わせてみたからこそ、たまたま編集長につながるという幸運を引き寄せることができたわけですし。


花村:そうですね。問い合わせるのもタダですからね(笑)。

0.2ミリ単位の線まで、“当たり前に”こだわる


── アニメーター時代、神山監督から制作における姿勢を学んだとおっしゃっていました。他に当時の先輩たちから教わったこと、漫画家になった今も大切にしていることはありますか?


花村:よく「神は細部に宿る」と言いますが、私が出会った先輩アニメーターたちは、それを本気で突き詰めていました。とにかく細かいところにまで気を抜くな、と。徹底的に叩き込まれましたね。特に印象に残っているのは、「フレームの外側にも世界が広がっていることを意識して描け」という教えです。例えば背景でも、フレームにおさまる部分だけを描こうとすると、絵に迫力が出ません。画面に映らない“外側の世界”を意識するかしないかで、絵の広がりが全く変わってくるんですよ。


── フレームの外側の世界……。すごく高度な要求ですね。


花村:そこまで求められるのは、プロダクションI.Gだったからかもしれませんね。当時から作画力のレベルが桁違いに高い会社だったので。フロアに転がっているラフ画を何気なく拾ってみたら、尋常じゃないレベルの上手さに愕然としたりして。


── 『アニメタ!』でも、主人公の幸が先輩の机のゴミ箱からラフ画や絵コンテを拾い集めて、学ぼうとするシーンがあります。花村さんも実際にやっていたんですか?

掃除当番の日にラフ画を拾う (C)『アニメタ!』花村ヤソ/講談社


花村:私だけではなく、若手はみんなやってましたね。逆に、やらない人はあまり伸びないと思います。やはり、先輩の絵を研究して技術を盗める人が育っていくので。だから、上手い先輩のゴミ箱は取り合いになってましたね(笑)。


── すごい向上心。でも、それが当たり前の世界なんでしょうね。


花村:そう思います。特にトップのアニメーターは心の底から絵を描くのが好きで、それこそ呼吸するように絵を描いているんです。仕事が終わっても、自宅で常に落書きをしている。そういう人たちからするとミリ単位の線にこだわるなんて、当たり前のことなんです。「仕事に厳しい」とか、「妥協しない」とかそういうことではなくて、そもそも「そこを突き詰めないなんて、あり得ない」という感じなんですよね。

0.2ミリの線も妥協できない世界 (C)『アニメタ!』花村ヤソ/講談社


── 花村さんの最初の師匠も、妥協しない方だったそうですね。


花村:三田さんという方で、私の動画マン時代の師匠です。『アニメタ!』で、幸の師匠である富士さんのモデルになった人ですね。超怖かったですが、動画に関しては天才でした。動画には「中割り」といって、原画と原画の間の絵を補うコマを描き入れて動きを滑らかにする工程があって、三田さんは原画マンが入れてほしい絵を完璧に上げるんです。しかも、それをひたすら淡々とこなす。その精神力も含めて、一番多くのことを学ばせていただいた先輩でした。

厳しい中にも愛のある指導をする先輩・富士 (C)『アニメタ!』花村ヤソ/講談社


── 「超怖かった」ということですが、指導はやはり相当厳しかったんですか?


花村:それはもう(笑)。特に私は絵が下手で、新人のなかで最底辺だったので、しょっちゅう怒られていましたし、リテイク(やり直し)をくらいながらとにかく必死に取り組んでいました。たまに三田さんが褒めてくれることだけが、当時の私の拠り所でしたね。


── 何度もリテイクになると、心が折れませんか?


花村:最初は落ち込みましたけど、とある先輩から「リテイクは愛だ」と教わり、確かにそうだなと思ったんです。締め切りギリギリだとリテイクを返している余裕がないので、動検さん*3や作監さんが自分で直してしまうことが多いんです。でも、それだと動画マンは修正すべき点を学べず成長できない。その点、三田さんは、毎日リテイクを出して、修正点をまとめた紙まで付けてくれました。その繰り返しで、かなり鍛えていただいたと思います。

大変な思いをしながら頑張っている人たちに、光を当てたい


── 現場がストイックにクオリティを追い求める一方で、アニメ業界は厳しい労働環境が問題視されることもあります。『アニメタ!』では、その部分も隠さず描かれていますよね。

作中で動画マンの給与について話を聞く幸 (C)『アニメタ!』花村ヤソ/講談社


花村:そうですね。アニメ業界の課題は多く、特に低賃金の問題は根深いです。ただ、難しいのは、そうした環境を生み出している“絶対悪”が存在しないこと。諸悪の根源みたいなものが明確にあって、それを倒せば解決するといった単純な話ではないんです。だから、労働環境を改善しようにもなかなか難しいところがあって、結果、夢を持って業界に入った若手の多くが1年と持たずに辞めてしまう。ただ、最近ではだんだんと改善しつつあると聞いています。


── 『アニメタ!』はその問題を決して良しとはせず、「やりがいと給料は別問題」「好きでやっている仕事でも、それに見合った額は支払われるべき」といったセリフも登場します。そうした負の側面にフタをせず、それでも必死に業界にしがみついている若者たちを描くからこそ共感できるのではないでしょうか。


花村:ありがとうございます。表の部分だけを描いてしまうと、大変な思いをしながら作っている人たちの気持ちが伝わらないと思ったんです。なので、前向きに作品を楽しんでもらえるギリギリのラインを考慮しつつ、現実的なアニメーターのつらさ、苦しさといった「裏側」も描きたかった。そこは一番こだわったところかもしれません。


── 厳しい労働環境があるものの、そこで頑張っている若者たちがいることを伝えたい。『アニメタ!』からは、そんな花村さんの思いも感じられます。


花村:言い方は難しいですが、自分がやりたいことを頑張っている人たちをバカにしてほしくないと思っています。特に私が漫画家デビューした頃って、「つらいことがあったら、すぐに逃げ出して良い」みたいな風潮が強かったんですよ。それも一理あると思いますし、心を病んでまで我慢し続ける必要なんてありません。


ただ一方で、つらいこと全部から逃げ出していたら、何者にもなれない。ある程度は歯を食いしばって頑張る局面も必要だし、少なくともそういう人たちを蔑むことはやめてほしいと思っています。


それは、私が『アニメタ!』で一番伝えたいことでもあります。その思いを、どうかストレートに受け取ってもらえたら嬉しいですね。

f:id:blog-media:20201009123938j:plain
(C)『アニメタ!』花村ヤソ/講談社


取材・文:榎並紀行(やじろべえ) 編集:はてな編集部

取材協力:花村ヤソ

 

新世紀エヴァンゲリオンが好きすぎてアニメーターを目指し「関西人の見本みたいで会社にいたら面白そう」という理由でプロダクションI.Gに採用される。その後運だけでスタジオカラーにて念願だったエヴァンゲリオンの原画を描かせてもらうことに成功。33歳くらいの頃急に漫画家を目指し35歳の時「アニメタ!」でデビュー。現在は令和元年に産んだ双子育児に奮闘中。
Twitter:@hanamurayaso

 



あなたの可能性を試してみませんか?

 

人材紹介のパソナキャリア

あなたの今までの経験を生かして、新たな仕事にチャレンジしてみませんか?専門のキャリアアドバイザーが、あなたの今までのキャリアや今後の展望などをお聞きし、あなたに合った企業・仕事をご紹介します。「まだすぐに転職するかはわからない……」というあなたも、まずは最新の転職動向を知るところから始めてみませんか?

▼パソナキャリアのアドバイザーとの面談でキャリアの幅を広げよう

*1:制作する作品ごとにスタジオがあり、人員が配置されている

*2:作画監督の略。作品の絵を統一するために原画の絵を修正する仕事

*3:動画が綺麗に動くかどうかチェックする仕事