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ゴミ清掃員とお笑い芸人。二足のわらじで生きる僕を支えてきたエンタメ作品たち(寄稿:マシンガンズ 滝沢秀一)

ゴミ清掃員姿の滝沢さん

お笑い芸人でありながらゴミ清掃員としての顔も持つ、お笑いコンビ「マシンガンズ」の滝沢秀一さん。ゴミ清掃員の日常についてつづる様子がTwitterでじわじわと話題を集め、2018年には著書『このゴミは収集できません ~ゴミ清掃員が見たあり得ない光景~』(白夜書房)を刊行。関連書籍を含めて10万部以上を売り上げました。

ゴミ清掃の仕事で生計を立てながら芸人を続ける中で、周囲からは意図しない勘違いをされることも多いそう。今回そんな滝沢さんに、ゴミ清掃員と芸人の二足のわらじで生きることへの思いと、今の自分を支える、お笑いをはじめとする数々のエンタメ作品についてつづっていただきました。


初めまして、マシンガンズの滝沢です。現在はゴミ清掃員の仕事をやりながら、お笑いを続けております。


2020年11月現在、芸歴は22年、ゴミ清掃歴は8年なのでお笑いの方が長いのですが、今やゴミ清掃員が本業になり、お笑いはアルバイト感覚でやっています。よく「ゴミ清掃とお笑いの割合は何対何?」と聞かれますが、テレビでゴミのことを聞かれることもゴミ清掃の仕事と捉えれば、10:0です。


こういうことを言うと、よく周りの人に「どういう心境でお笑いをやっているの?」とか「いつかお笑いの方で芽が出るといいね」と言われますが、そんな質問をされるたび、いつも相手のことを不思議な目で見ています。


もちろん言っている意味は分かります。「お笑いでバリバリ売れてやろう」という気持ちがないのに続けている意味や、やりたいお笑いができずに我慢してゴミ清掃をやっているように見える僕に、きっと同情をしているのでしょう。お笑いで成功できずに違うことをやって、自分をごまかしているように見えるのかもしれません。


しかし僕からすれば、逆に何を言っているのだろう? と。こちら側も、僕のことを勘違いしている相手を同情するような目で見ているので、お互いがお互いをバカにしているような、不思議な空間がそこには発生します。


中には「お笑いが嫌いなのになんで続けているの?」と、僕がもうお笑いにはうんざりしていると勘違いをして話しかけてくる人もいますが、とんでもない!


僕は心の底から思うのです。その時その時、楽しいことをやって過ごせば、それで良いのではないのかと。そして僕は今も昔も、お笑いがめちゃめちゃ好きです。お笑いが好きで、これまでの人生ずっと、お笑いに支えられてきた。ただ、お笑いが下手くそなだけです。


お笑いの他にも、僕はこれまで数々のエンターテインメント作品に支えられてきました。僕の体はエンターテインメントの血が流れていて、エンターテインメントの肉で構成されています。その時、その時、僕を強烈に支えてくれたものの積み重ねで、今の僕が構成されている。


その末路が本業・ゴミ清掃員、副業・お笑いのモンスターを作り出している。……誰がモンスターだよ!!

今の僕を作り上げた、大好きなお笑い作品たち

子供の頃から、お笑い番組をよく見ていた。一番古い記憶は、『ザ・テレビ演芸』(1981年〜1991年、テレビ朝日系列)だ。


僕がお笑い番組を見るようになったのは、おふくろの影響が大きい。おふくろはかなりのお笑い好きで、特に好きだったのがビートたけしさん。たけしさんが出る番組を調べて見るというより、テレビをずっと流しながら、たけしさんがどこかに映ってないか探すようにテレビを見ていた。その影響もあってか、少年だった僕はたけしさんの出る番組を追うようになった。


僕が特に好きだったのは、『北野ファンクラブ』(1991年〜1996年、フジテレビ系列)。次から次へとたけしさんがマシンガンのように喋りまくる姿がめちゃめちゃかっこよかった。自分の子供の名前をたけしにしたのも、この影響だ。


中学・高校生の思春期になると、狂ったようにダウンタウンさんを見ていた。この時の僕はお笑いが好きというより、とにかくダウンタウンさんが大好きだった。そう考えると、おふくろのお笑いの見方ととても似ている。特に『ガキの使いやあらへんで』(1989年〜日本テレビ系列)は何度も繰り返し見ていた。トークの場面で、出演者がどのようなことを喋るのか、どういうふうに考えるのか、その傾向を見ていたように思う。


しかし、たけしさんもダウンタウンさんも僕がテレビで見る時にはすでに大スターだったので、ネタのイメージはあまりなかった。僕が高校生の時にネタで強烈な印象を与えられたのは、爆笑問題さんだった。


当時『GAHAHA王国』(1994年〜1995年、テレビ朝日系列)というネタ勝ち抜き番組があり、そこに出場していた爆笑問題さんが、とにかく会場を大爆笑に巻き込んでいた。大ウケというレベルをはるかに超えて客席からは悲鳴が聞こえたほどで、僕は一発でハマった。


こうなったら僕のお得意のパターン。テレビでも何でも爆笑問題さんが出るもの全てチェックするという、オタク気質の気持ち悪い一面を発揮した。僕のその後の人生に影響を与えるものに出会ったのだ。

映画『パンチライン』との出会い

あるとき、爆笑問題の太田光さんが雑誌『TV Bros.』で連載するコラム「天下御免の向こう見ず」で、トム・ハンクス主演の映画『パンチライン』を紹介していた。もちろん僕はビデオ屋さんに借りに行き、すぐに見た。


トム・ハンクスが演じるスティーブンは天才型のスタンダップコメディアン(観衆と対話形式の話芸を披露するコメディアン)で、いつも会場を沸かす。ネタバレになるといけないのでざっくり言うと、何やかんやがあって、スティーブンは精神的に不安定になり、舞台でビビるくらい滑る。それはもう見ているこっちが震え上がるほど恐ろしい滑り方だった。気の弱い若手芸人がこの映画を見るならば、オムツをはいて見た方がいい。


しかしそんな状況に陥ったスティーブンは、その後お笑いコンテストに出場し、最終的には会場を大爆笑に巻き込む。芸人をやっていると、この最後の舞台の場面がとてつもなくリアルに作られていることが分かる。これはきっと、お笑いが大好きなスタッフが作っているに違いないと思う。スティーブンが舞台に出てきた時、客は懐疑的な顔をしている。しかし次から次へとスティーブンがギャグのジャブを打ち続けると、ところどころ客席から笑いが漏れ始める。そして最終的には、客席から拍手が起こるほどの笑いになる。文字で見るよりこれは一度映画で見てみて! かっこよすぎるから。


しかし問題は、僕がこの映画に影響を受けすぎたことだ。ここが人生のからくり。スティーブンのように、一度どんずべりしても、また最後の舞台のように、笑いと拍手が起こるぐらいの大逆転が待っているのではないかと、自分を重ね合わせてしまう。お笑いを始めてから22年たって、やっと分かったことがあった。僕は天才型のコメディアンではなかった。「おい、まじかよ」と心の中で思っているが、今さら引き返せないので、これでいいのだと虚勢を張っている。

僕がゴミ清掃の仕事を始めた理由

マシンガンズが初めてテレビでネタをやったのは、お笑いを始めて9年目の時だ。周りの芸人に比べて、テレビでネタをやるのが遅かった。その当時、僕の周りの芸人での優等生チームといえば、流れ星やタイムマシーン3号、磁石だった。彼らは「爆笑オンエアバトル」(1999年〜2010年、NHK総合)でバコバコとオンエアされていた。反対に「こりゃやべーぞ」と言っていたのが、僕らやナイツやオードリーの劣等生チームだった。


優等生チームより遅れて「エンタの神様」(2003年〜2010年、日本テレビ系列)や「爆笑レッドカーペット」(2007年〜2014年、フジテレビ系列)といったお笑い番組に出られるようになった頃、僕は周りの芸人仲間よりも早く結婚をした。


妻に惹(ひ)かれた大きな理由に、これまでの人生をお笑いに支えられてきたということがある。妻は父親と妹との三人暮らしだったが、子供の頃、父親がある日突然インドネシアに旅立ってしまい、妹と二人での生活を余儀なくされた。妹に何か食べさせなければいけないとご飯を炊くのだが、ご飯と一緒に米虫が炊き上げられており、それを箸で避けて妹に食べさせたという。そんな壮絶な生活の中、妻の心の支えは今田耕司さんのラジオでFAXを読まれることだった。めちゃめちゃ面白いなあと思って、僕らは結婚した。


きっと僕が幼かった頃のおふくろも、たけしさんに支えられていたのかなぁなんて今は思っている。僕の家も、当時はむちゃくちゃだった。例えばおふくろがかくれんぼをしようと言うので押入れに二人で隠れていたことがあった。幼心に鬼は一体誰なんだろうと思っていたが、鬼は借金取りだった。借金取りから隠れるために二人で押入れの中に入っていたのだ。マジの鬼じゃん! まだ小学校に上がる前の話だった。


小学校高学年くらいになってからは、他の借金取りからよく家に電話がかかってきて、僕が代わりに出たものだった。借金取りも僕から何とか家の住所を聞き出そうとするが、僕は住所が分からないふりをした。芸人なった今の僕には面白い話だが、その当時のおふくろは、とてもつらかっただろうと思う。異様にたけしさんを追いかけていたのは、普段のつらい現実から逃れるためだったのかもしれない。


さて、話はここで終わりではない。マシンガンズはいつのまにか、ナイツやオードリーに置いていかれた。彼らはスターになったが、僕らは劣等生チームのままだった。そして「エンタの神様」や「爆笑レッドカーペット」が終わると、徐々にお笑いの仕事が減った。


東日本大震災が起きると、自粛によってイベントのほとんどがなくなった。イベントがなくなるということは収入がゼロになるということだ。貯金通帳とにらめっこしながら、真綿で首を絞められているような感覚だった。ちょうどその時、妻が妊娠して、お笑い以外の仕事をしなくてはならなくなった。


それが今やっているゴミ清掃の仕事だ。それまであまり運動もしてこなかった僕にとって、ゴミ清掃の仕事はとてもハードだった。たまになんでこんなことをしてるんだろう? と思うこともあった。


お笑いで一発当てて大金持ちになってやろうと思っていた気持ちはどこかにいって、お金があればお笑いを続けられるという、本末転倒のわけの分からない思考に陥っていた。


しかし今になって自己分析をすると、当時の僕はいつか『パンチライン』のように大逆転が起こるのではないかと夢見ていたと思う。ここでトム・ハンクス演じる主人公のスティーブンのように一発逆転の大きな花火を上げられれば「あの時のあの映画を見ていたことによって僕は支えられました」と言えるのだが、これがまた、人生そううまくいくものではない。人生はスティーブンのようにはならないという、恐ろしいからくりがきちんと用意されている。若者がこの記事を読んだら震え上がるかもしれない。

やがてゴミ清掃の現場に「居場所」ができた

スティーブンのようになれなくても、僕はゴミ清掃を続けなくてはならなかった。


その時に本当の意味で支えになったのは、中上健次先生の小説『岬』だった。その中にこういう一節がある。

土方は、彼の性に合っている。一日、土をほじくり、すくいあげる
〜中略〜
体を一日動かしている。地面に坐り込み、煙草を吸う。飯を食う。日が、熱い。風が、汗にまみれた体に心地よい。何も考えない。
〜中略〜
なにもかも正直だった。土には、人間の心のように綾というものがない。彼は土方が好きだった。


中上健次『岬』(文春文庫、1978年刊行)より


ハードな仕事で体がつらくなると、僕は後ろポケットに入れていた『岬』の文庫本を取り出し、お昼休みに読んで自分を励ました。僕もこのような人間になりたいと、主人公と自分を重ね合わせた。何も考えないのが自分の性に合っていた。そうやって一生懸命仕事をしていると、ある日、60代前後の人が僕に話しかけてきた。


「お前芸人やってるんだって? じゃあ俺はお前の先輩だな。俺も元芸人なんだ」
「えーー、まじですか! 何ていうコンビなんですか?」
「俺はコンビじゃなくてカルテットでやってたんだ。お前あれ知ってるか? ザ・テレビ演芸。俺、それの初代チャンピオンなんだ!」
「えーーー! 知ってますよーーーー! 俺、子供の頃おふくろと見てましたよーー!」


僕はこうやって、ゴミ清掃の現場にも居場所ができた。ここでなら、これからもやっていける気がした。


考えてみれば、今こうやってゴミ清掃をしているのは仮の姿で、いつかお笑いでスターになるんだと思っていた僕の考えが、周りからも透けて見えていたのかもしれない。もしそうならば、周りから見たら面白くないに決まっている。


そんなふうに気付けたのは、『岬』の主人公のヒロイズムのおかげかもしれない。


中上健次『岬』

与えられたことを一生懸命かみ砕くことの大切さ

ゴミ清掃の仕事を一生懸命やっていると、興味が持てるようになってきた。というかめちゃめちゃ面白いではないか? こんな面白いものを今までみすみす逃していたのかと思うと、悔しさすらこみ上げてくる。


何かをやりながら違うことを考えているのは、とても無駄な時間だったことに気付いた。「狂気とは同じことを繰り返して違う結果を求めることである」と、アインシュタインが言ったとか言わないとかいう話があるが、嫌々やっているゴミ清掃から、違う素晴らしい結果が生まれてくるはずがないと思った。狂気。確かにそれを続けることは狂気なのかもしれない。


与えられたことを一生懸命かみ砕くという“かみ砕き力”は、大学生の時に読んだ漫画『自虐の詩』でも学んでいたのだった。エンタメというものは、その時だけでなく、後々に響いてくることもあるのが面白い。


『自虐の詩』にこんな一節がある。

幸や不幸はもういい。どちらにも等しく価値がある。人生には明らかに意味がある


業田良家『自虐の詩』(竹書房、1996年刊行)より


確かに一般的に「不幸」と呼ばれるものはあるが、それは長い目で見たときに、本当に不幸かどうかは分からない。


僕のおふくろも生活で苦しくなければ、たけしさんのことをそんなに追いかけることもなかっただろうし、妻も必死に今田さんを追いかけることもなかったかもしれない。おふくろがザ・テレビ演芸を見ていなかったら、僕はまだゴミ清掃に居場所を見つけられていなかったかもしれない。


なので僕はお笑い芸人とゴミ清掃員を兼業しているが、もちろんそれを不幸だと思ったこともないし、逆に言えば、幸せだと思い過ぎることもないようにしている。ただ僕は生きているだけである。


とは言いつつ、ラッキー! 超ラッキー! 本出せたし、そのおかけでここに寄稿できている、くらいは思っている。


業田良家『自虐の詩』

自分を変えるくらいの素晴らしい作品に出会ってほしい

素晴らしい本や映画、エンタメとは一体何か? と聞かれたとき、僕は「それを読む前と読んだ後で違う人間になっている」ということが一番重要だと答えている。


例えば「最近面白いことないな。何か面白いこと起きないかなぁ」と思いながら、同じことを繰り返して面白いことが起こるのを期待しているのは、アインシュタインではないが、狂気に値する。


やることがないというのは、逆に言えば、人生が変わるような本や映画、その他のエンタメに出会える可能性がある。より多くの作品を鑑賞してみることがお勧めかも。

著者:滝沢秀一(たきざわ しゅういち)

滝沢秀一

1976年、東京都出身。1998年に西堀亮と「マシンガンズ」を結成、2012年に「THE MANZAI」2012認定漫才師50組に認定された。生計を立てるため、同年からゴミ収集会社に就職。ゴミ清掃員の日常を描いた著書『このゴミは収集できません ~ゴミ清掃員が見たあり得ない光景~』(白夜書房)は、絵本や漫画の関連書籍を含めて10万部以上のヒット。2020年9月には続編『やっぱり、このゴミは収集できません ~ゴミ清掃員がやばい現場で考えたこと~』を刊行した。
Twitter:@takizawa0914 


(編集:はてな編集部)



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