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2019年5月に女性活躍推進法の改正法が成立し、これまで従業員301名以上の企業に義務化されていた女性の活躍推進に対する行動計画の策定や情報公表が、従業員101名以上の企業にも拡大することが決定した。そうした社会背景や多様な働き方を求める声を受けて、様々な企業で「女性活躍推進」の取り組みが進む一方で、「やりがいを感じられる仕事」と「育児との両立」に苦労しているワーキングマザーは多い。
そんな中、「大丸松坂屋百貨店」やショッピングセンター「PARCO(パルコ)」などを展開している、J.フロント リテイリング株式会社 が2017年から取り組んでいるのが、「マザー採用」だ。これは単に「マザーを救うための採用」ではなく、「専門性の高い仕事と育児を両立させたいと願う、熱意のあるワーキングマザーを支えるための採用」という特徴がある。2018年6月までに6名を採用し、法務、財務、不動産事業など、専門知識・スキルを活かして各部門で活躍しているという。
今回は、この「マザー採用」で入社した2名の社員に「仕事と育児」について話を聞いた。「前職の仕事にやりがいを感じていた」と話す2名はなぜ転職を決意し、「マザー採用」のどこに魅力を感じて応募したのか。ワーキングマザーのホンネを明らかにした。
――前職で専門的な強みを生かして活躍されていたようですが、転職のきっかけは何だったのでしょうか?
松井さん(以下敬称略):私は、前職の鉄道会社に在籍中に2人目の産休・育休を取り、職場に復帰したタイミングで、いままで担当していた商業施設部門から鉄道部門へ異動になったことがきっかけでした。会社の配慮もあったとは思うのですが、時短勤務で子育てをしながら新しい仕事を覚えることに難しさも感じていましたし、以前の商業施設の開発ほど仕事に興味を持てないという、もどかしさもありました。そこで、「10年間の経験とスキルを生かせる仕事がしたい」と思い、J.フロント リテイリングに転職することにしました。
株式会社大丸松坂屋百貨店 不動産事業部 開発部 専門係長 松井江真さん
栢木さん(以下敬称略):私も産休・育休から復帰後に異動したことが、転職を考えるきっかけになりました。前職では、IT企業の経営企画担当で、M&Aや資本提携などの業務を行っていて、仕事に区切りのついたタイミングで産休・育休を取得しました。ですが、復帰した後に、会社から事前の相談もなく総務担当へ異動になってしまい…。そこで、「私のやりたいこととは違うな」と思ったんです。私もこれまでの経営戦略の経験が生かせる会社を探して、J.フロント リテイリングを見つけました。
J.フロント リテイリング株式会社 経営戦略統括部 あたらしい幸せ発明部 栢木章恵さん
――お二人とも異動がきっかけだったんですね。会社がワーキングマザーということを配慮したことが、かえって裏目に出てしまったのでしょうか。
松井:もちろん会社側が私のためを思ってくれたことも分かりますし、何も役割を与えられなかったわけではないと思っています。ただ、商業施設部門から鉄道部門への異動は、「会社からの期待」はあったものの、私の望むキャリアとは相違がありました。
また、当時は時短勤務の社員は、内規なのか暗黙のルールなのかは分かりませんが、昇進の対象から外れてしまうんです。産休・育休から復帰後、時短勤務をしている間に、同期はどんどん昇進していくんですよ。私も10年間頑張ってきた自負があったので、正直戸惑いがありました。
栢木:私の前職の会社は、ワーキングマザーには、「責任の少ない仕事に就いてもらうのが当然」といった企業文化がありました。おそらく「子育てが大変だから、その方が良いだろう」という会社からの配慮だと思うのですが、私はこれまでやりがいを持って働いていた経営戦略の仕事を続けていきたかったんです。
――それぞれご自分が目指すキャリアが明確にあったからこそ、転職を決意されたんですね。では、実際の転職活動の中でご苦労はありましたか?
栢木:これだけ社会全体で女性活躍推進を掲げていても、ワーキングマザーに対する意識は企業によって大きな差があるという現実にも直面しましたね。ワーキングマザーということが理由なのか、書類選考がなかなか通過しない、面接でも仕事の話を聞いてもらえないといったこともありました。自分の仕事への思いを受け止めてくれる会社を見つけるために様々な会社を探しました。
松井:私もそういった不利な状況になることを予想していたので、あらかじめ応募企業にフィルターをかけて、書類を提出するタイミングで「残業なし」の条件を提示していました。
私は、もともと転職するかどうかも悩んでいたんです。前職は事業規模の大きい会社だったので、「その安定を手放してまで、転職する必要があるのかな…」とすごく悩みましたし、不安もありました。しかし、私のやりたいことは商業施設の開発の仕事なので、全ての望みがかなうのであれば、転職しようと思い、活動していました。
――転職に対するご家族の理解や、協力体制はどうでしたか?
松井:我が家はもともと共働きが前提でしたが、転職にあたって、今後の働き方や収入面も考える必要がありました。将来を見据えた生活ビジョンを夫婦で話し合ったのもこのタイミングでした。ちょうど夫の勤めている会社でテレワークが始まったことも支えになり、子育てや家事を分担できるようになってきたことで、時短勤務からフレックスのフルタイムでの働き方も実現できたんです。
栢木:夫のサポートがないと、転職活動はできなかったと思います。企業の面接は、就業後の夕方から夜がほとんどなので、保育園のお迎えや、時には子どもにご飯を食べさせて寝かしつけてもらうことも夫に協力してもらいました。また、転職後も、以前よりは忙しい環境になったので、やりがいがある反面、仕事に慣れるまでは大変でした。そんな時、「子どもが熱を出したら、僕が会社を休む」と夫が言ってくれて、そういったサポートがないと家庭は回らなかったですね。
――「経験やスキルを生かせる仕事を続けたい」と希望していたお二人にとって、「マザー採用」はどのように映りましたか?
松井:「マザー採用」の構想やビジョンを役員から直接聞くことができ、自分が今まで感じていた「このままどうなるんだろう」といった働き方への不安や悩みを払拭することができました。「マザー採用」は専門性の高い仕事と育児を両立することを後押ししてくれる取り組みでしたね。
―― 「マザー採用」のどういったところに「後押ししてくれる」と感じたのでしょうか?
松井:「マザーになってから転職を考えるということは、あなたには仕事への熱意がある」「マザーの転職はよほどの覚悟がないとできないので、会社はその真摯な思いを守っていこうと思っている」と話してもらえたんです。
当時は「マザー採用」が始まったばかりでしたので、取り組み自体の完成度よりも、経営陣が直接「守る」と言葉にして伝えてもらえたことがうれしかったです。時短勤務になると昇進が止まってしまう会社もある中で、マザーの活躍推進に対する考え方が数歩進んでいると感じましたね。
栢木:私は第1回目の「マザー採用」の説明会に参加したときに、役員の言葉が心に響きました。「そもそも男女平等であるべき採用活動において、マザー採用を実施しなければならないこの状況はおかしい。本当は誰でも平等に転職できることが望ましいとは分かっていながらも、あえてマザー採用を企画した」というお話でした。
転職活動中に、「女性の管理職比率を上げたいから女性を採用する」とはっきり公言している会社もあり、「女性だから」「数値のために」という言葉には、正直違和感を感じてしまうことがあり…。「不平等になってしまっている採用活動を変えるために、マザー採用を実施する」というところが、私には響きました。
―― 数値目標を達成するために実施する採用と、男女平等を実現するための採用は全く違いますね。
栢木:そうなんです。ただ単に「女性の人数を増やしたいです」と言われると、「私は1カウントなの?」と思ってしまうんですよね。「マザー採用」の趣旨は「かわいそうなマザーを助ける」ということではなく、「やりがいのある仕事をしたいという熱意のあるマザーを採用する」という意図だと解釈しました。私も自分の経験が生かせる仕事がしたくて転職活動をしていたので、その思いが合致しました。
――実際に「マザー採用」で入社してみて、「子育てと仕事の両立がしやすい」と感じたポイントがあれば教えてください。
松井:入社当初は、まだ取り組みが始まったばかりということもあって、「マザー採用」という文化が部署全体には浸透していなかったのですが、それにもかかわらず、私の事情や入社時の希望条件をみなさんが理解してくれていました。子どもを迎えに行く時間が近づいてきたら、「そろそろ帰る準備をした方が良いんじゃないの?」と声をかけてくれることに驚きました。
出張が入ったときにも、なるべく早く帰れるように、周りが配慮してくれています。前職では、自分でスケジュールを調整していかなければならなかったので、周りから声をかけてもらえる環境はとても有難いですね。
――制度はあってもそれを活用する場の空気がないとよく聞きますが、理解してくれる環境があったんですね。
松井:制度のこともありますが、やはり職場の空気の影響力は大きいですよね。
栢木:大手企業の場合、何かしら制度自体はあるところが大半ですよね。でも、実態としては、活用されていないというケースも多いのではないでしょうか。ワーキングマザーの立場からすると、その権利をどこまで主張するかどうかも考えてしまいます。社内であまり活用されていない制度を使おうとすると、「モンスター扱い」されるのではという不安もありますし…。
松井:仕事に真剣に取り組むのと同時に、家庭を守ることもワーキングマザーの大切な役割です。なので、仕事と家庭の両立のために、どこで戦うべきか、どこまで会社に求めて良いのかは、考えてしまいますよね。
――ワーキングマザーになってから、仕事の進め方において変化したことはありますか?
栢木:タイムスケジュールをうまく調整するようになりましたね。残業はできない前提で、今ある仕事を期限から逆算してどう組み立てていくかをよく考えます。スケジュールも余裕を持って組みますね。子どもが急に熱を出すなど、予測できない事態がどうしても起きるので、それを見越してあらかじめ準備しておくことが大切ですね。
――スケジュール管理以外の変化はありましたか?
松井:コミュニケーションの取り方も大きく変わりました。私は、子どもが生まれる前には、後輩に対して割と厳しく指導をしていたのですが、今は相談に来てくれる若手社員に対して優しく接しているのではないかと思います。きっと、男の子2人を育てているから、寛容さが身についたんですかね。当たり前の話ですが、どんな相談をされても「うちの子よりも話が通じるな」と思えます(笑)。子育てをすると、自分も人として成長することを実感できますね。
―― 育児は仕事に生きると感じますか?
松井:よく感じますよ。マザーの視点も仕事に活用できるんです。たとえば、商業施設のお客様にはファミリー層も多いので、お母さんたちの視点を持つことに対して、自信が持てるようになりました。子どもを育てる前は「お母さんたちの悩みはこんなところにあるのかな」と手探りだったのですが、今は「お母さんたちの悩みはこれだ」と自信を持てるようになったのが大きいです。
栢木:私も育児の経験が仕事に生きていますし、私自身の心境にも変化がありました。いまの部署は若いメンバーも多いので、「マザーの視点を生かして、周りをサポートしよう」と思うようになりましたね。特に、これから子育てをしようという若い社員の場合は、初めての子育てを頑張りすぎて悩んでしまうことも多いので、私の子育て体験を話したり、心が軽くなるようにフォローしていきたいと思っています。
―― 今後、チャレンジしていきたいことはありますか?
栢木:いま私は「くらしのあたらしい幸せを発明する」という会社のグループビジョンに基づいて、百貨店内でお子さん向けのプログラミング教室開催を企画するなど、新規事業を担当しています。部署内では唯一のワーキングマザーなので、マザーがもっと輝ける事業を立ち上げたいとも思っています。
また、これからマザーになる女性たちがキャリアを考える支援もしたいですね。結婚して、子どもを産んで、母親になって、転職して…と、人生のライフイベントをいくつも通過してきたので、だからこそ何か役に立ちたいと思うんです。
―― 仕事と育児を両立させている先輩がいると、励まされますよね。
栢木:そうですね。私の周りにはロールモデルにできるような先輩があまりいなかったので、1人で悩むことも多かったです。だからこそ、私と同じことで悩まないように、できることがあればしたいと思っています。そうして、少しずつ社会を変えていけたら良いですね。
松井:今後もキャリアを積んで、働いているマザーとしての視点を生かしていきたいですし、後輩に対しても良い影響を与えていきたいですね。私たちの世代は、過渡期でもあると思っています。というのも、私たちより少し上の世代のワーキングマザーの先輩方が、まだ会社のサポート体制が十分でない中、がむしゃらに働いてこられたからこそ、だんだんと会社の制度も整いはじめてきて、いまの環境があると思っています。
その一方で、時には、「いまは制度が整っているから大丈夫」と周りから思われてしまうこともあります。そうすると、「こんなに仕事も育児も大変だけれど、私たちの世代は恵まれていると思わないといけないんだ」と自分を無理に納得させようとしたり、プレッシャーに感じたりしてしまうこともあるのではないでしょうか。後輩のワーキングマザーがこうした思いを感じることがないような環境を作っていきたいですね。
――世代によって仕事と育児の考え方も違うんですね。
松井:会社から求められるものも変わってきましたしね。「ワーキングマザーとしての輝かしい成功体験を見せる」ということよりも、「工夫しながら何とかやっているよ」という工夫の部分を、もっとマザー同士でシェアしたいですね。私は、自分が旗頭になって「私についてきて!」というのはおこがましいと思っていますが、マザー同士のゆるやかな繋がりが自然にできると、仕事に復帰するマザーも増えていくのではないかと思います。
――最後に、「やりがいのある仕事と育児を両立させたい」と悩むマザーにメッセージをいただければと思います。
栢木:仕事も子育ても、自分からあきらめないでほしいなと思っています。両立させたいという思いは、わがままでもなんでもなくて、当然の権利なんです。私も悩みながら生きてきました。なので、産休・育休後も、サポート業務ではなく、コア業務の仕事をしているマザーもいるんだと思ってもらえたらうれしいです。
松井:仕事と子育ては、どちらかを選ばなければいけないというものではないはずです。たとえ一時的に子育てに専念したとしても、キャリアを諦めなくてはいけないわけではありません。私も復職した当初は、キャリアについて深く考えていたわけではないですし、子育てをすることが、キャリアを見直す良いきっかけにもなりました。ですから、「働くこと」について考えることをやめないでほしいなと思います。誰もが仕事と子育てのどちらも当たり前のように楽しむことができる世の中になってほしいですね。
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取材・文:佐野創太
【取材協力】
経営戦略統括部 あたらしい幸せ発明部 新規事業担当
栢木章恵さん
大手IT企業に入社。システムエンジニアとしてシステム開発を経験した後に、資本政策など経営戦略を担当。「マザー採用」にて転職し、現在、J.フロント リテイリング株式会社の未来を作る「あたらしい幸せ発明部」に在籍し、複数の新規事業創出に携わる。
株式会社大丸松坂屋百貨店
不動産事業部 開発部 一級建築士・インテリアコーディネーター
松井江真さん
大手鉄道会社に入社し、商業施設部門にて大規模複合商業施設のプロジェクトを開業に至るまで担当。「マザー採用」にて転職し、現在、株式会社大丸松坂屋百貨店の不動産事業部で商業施設の開発に携わっている。
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